日本経済新聞社が電子版読者を対象に行った残業に関するアンケートでは、残業が減らない要因として「非効率的な会議や資料作成が多い」「仕事がこなせる量を超えている」に続き「残業が奨励される風土がある」が22.9%に上りました。職場に残業が奨励される雰囲気があると、誰しも定時退社を躊躇してしまいます。このよう「職場の雰囲気」は、どのように形成されてきたのでしょうか。
今回は「職場の雰囲気」に着目して長時間労働につながる労働環境を考えてみたいと思います。
1.日本特有の「内部型」労働市場とは?残業がなくならない構造的原因
「なぜ、残業はなくならないのか」の著者で千葉商科大学専任講師の常見陽平さんは、「日本の労働現場は残業しなければならないように設計されている」と言います。
景気の変動や市場の繁閑期によって変化する仕事量に対し、アメリカの企業は、その都度、採用計画の変更やリストラで対応します。一方、日本では社員の労働時間を調整する企業が多数です。
こういった特徴から日本の労働市場は「内部型」であり、アメリカは「外部型」であると言われています。
「内部型」では、仕事が増えても社員数に変化がないため、一人あたりの労働時間は増えます。つまり残業を増やして対応しているということになります。常見陽平さんは、このような日本の労働市場の特徴を捉えて「残業しなければならないように設計されている」と表現しているのです。
2.働きすぎ防止へ進む時短?多くの企業が「ノー残業デー」を導入
日本人の働きすぎは、1950年代半ばから高度経済成長とともに始まりました。技術革新と設備投資により企業の生産性が大幅に向上し、大量生産が行われるようになりました。「内部型」で終身雇用と年功序列に支えられた労使関係の下では猛烈に働く社員が好まれ、労働時間は増加していきました。
働きすぎの傾向が強まると、健康被害や経費増大の問題が出てきます。それを防止するために考え出されたのが「ノー残業デー」です。始まった時期は明確ではありませんが、官民問わずこれまで多くの職場で取り入れられてきた制度です。
1990年代に入ると過労死が社会問題化し、バブル崩壊によって経済成長が鈍化したこともあり、労働時間を短縮する動きが活発化しました。多くの企業が経費削減と健康被害防止に向けた対策としてノー残業デーを積極的に活用することになりました。平成28年に経団連が発表した「ワーク・ライフ・バランスへの取り組み状況」に関するアンケート調査結果によると、ノー残業デーを徹底している企業は約68%に上ります。
3.それでも残業時間は増え続けた!スローガンに留まる「ノー残業」
厚生労働省の「毎月勤労統計調査」によれば、バブル崩壊後も時間外労働時間(残業時間)は増加し続けています。平成26年の年間残業時間(産業計)は172.8時間と平成9年以降最高を記録しました。平成27年になって若干減少したものの、統計データを見る限りノー残業デーの効果は出ていないといえます。
ノー残業デーを導入する企業が増える中、残業は増加し続けていたというショッキングな結果です。ノー残業デーを創設し早帰りを推奨する一方で、他の勤務日には相変わらず残業が発生し、しかも全体として増加しているのは何とも皮肉です。
4.「帰らない」それとも「帰れない」?残業が減らない職場事情
前記の日本経済新聞社のアンケートでは、残業が減らない原因に対して、
・遅くまで残っていることを頑張っているととらえている管理職が多い
・上司が自分と一緒に残業してくれる部下を重用してきた
・上司が仕事をしているので帰りづらい雰囲気がある
といった声がありました。
このような悪しき慣習を見直さない限り、いくら「ノー残業」と叫んでも、働き方が変わることはないでしょう。周りの様子を見ながら何となく会社に残り、帰るタイミングを見計らっている―そんな「帰りたくても帰れない」という残業のあり方は、会社にとっても労働者にとってもデメリット以外の何ものでもありません。
5.まとめ
「ノー残業デー」の存在は必ずしも残業時間の減少に結び付いていないことがわかりました。逆に持ち帰りの仕事が増加し、あるいは他の勤務日にしわ寄せが行くといったことが起きやすく、ノー残業デーを歓迎しない意見もあります。制度として取り入れた企業でも、形骸化しているケースが多いのが現状ではないでしょうか。
その背景には、日本の労働市場が「内部型」であり、残業が会社への貢献度を示すバロメーターとして機能してきた歴史があります。高度成長期には「モーレツ社員」が高く評価されました。その残像は「定時退社しにくい職場の雰囲気」として、今もなお消えることがないのです。
このような日本特有の労働市場の構造から生まれた慣習が長時間労働の問題に暗い影を落としている、そんな風に感じます。職場の悪しき慣習は、そこで働く者自らが打ち破るしかないのです。みなさんの勇気が長時間労働をなくす第一歩なのかもしれません。
記事制作/白井龍
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