平成19年12月18日、政府は「仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)憲章」を策定しました。ワーク・ライフ・バランスとは、国民一人ひとりがやりがいや充実感を持って働くとともに、家庭や地域生活などにおいても自らの望む生き方を手にすることをいいます。仕事と生活の共存を目指すワーク・ライフ・バランスを実現することは、わが国の経済の成長と安定にとって重要な課題です。

ワーク・ライフ・バランスを実現するためには、労働市場において長年にわたり定着してきた長時間労働の問題を解決することが必要です。それはどうしてでしょうか。今回は、ワーク・ライフ・バランスの視点から長時間労働の問題を見てみることにします。

1.目指せ仕事と子育ての両立!男女平等実現に向け進んできた法整備

1985年、女性の社会進出に伴う労働市場における男女平等の実現に向け、男女雇用機会均等法が制定されました。しかし、女性の働き方を男性に近づけるという方針の下に策定された内容であったため、労働条件等に関する形式的な平等を規定するにとどまるものでした。

1991年、海部(かいふ)内閣時代に育児休業法が制定され、男女共に育児休業が認められるようになりました。同法はその後、仕事と家庭との両立をさらに推進するため、育児介護休業法へ改正されました。ここでワーク・ライフ・バランスの芽が見え出しています。

1995年、わが国はILO156号条約を批准しました。これにより仕事と家庭の両立という視点が明確になり、労働条件を改善する施策へと動き出すことになりました。

1999年、小渕内閣時代には男女共同参画社会の形成が21世紀の重要課題とされ、男女共同参画社会基本法
が制定されました。同法2条によれば、男女共同参画社会とは「男女が、社会の対等な構成員として、自らの意思によって社会のあらゆる分野における活動に参画する機会が確保され、もって男女が均等に政治的、経済的、社会的及び文化的利益を享受することができ、かつ、共に責任を担うべき社会」とされています。

2003年の小泉内閣時代には、仕事と子育ての両立を図ることができるよう次世代育成支援対策推進法が制定さました。

このように、長年に渡り少しずつワーク・ライフ・バランス実現に向けた法整備が進んできたといえます。そして、2008年、内閣府が「仕事と生活の調和元年」を宣言し、いよいよワーク・ライフ・バランスの実現に向けた動きが本格化することになりました。

2.男性の育児休業取得に壁?いまだ解消されない男女間の賃金格差

厚生労働省が行った「平成 27年度雇用均等基本調査」によると、30人以上の事業所のうち91.9%が育児休業制度を設け、ワーク・ライフ・バランスの実現に企業も社内整備を進めていることがわかります。ところが、育児休業の取得率は、女性が81.5%であるの対し、男性は2.65%にすぎません。

これは、今でも夫が働き家事・育児は妻がするという伝統的な性別役割分担意識が根強く残っていることの表れです。しかし、男性の育児休業の所得率が低い理由は、それだけではありません。「平成28年賃金構造基本統計調査」によれば、全年齢平均で女性の賃金は男性の賃金の約72%にとどまっています。共働き夫婦のどちらが育児休業を取得するかを判断する際、より収入の少ない妻が育児休業を取得せざるを得ないといえます。

労働条件の男女平等を目指した男女雇用機会均等法ができてから30年以上経ちますが、いまだに男女平等は実現されていないのです。

3.制度があっても使えない?中小・零細企業の悲しい現実

1985年の男女雇用機会均等法以来、国はさまざまな制度設計をしてきましたが、今でもワーク・ライフ・バランスは欠如したままです。そもそも制度を有効に使うか使わないかは、個々の企業次第です。男女平等が実現されていない現状からすれば、多くの企業が制度は作ったものの、法の趣旨をふまえた運用改革を行わず、今日に至ったということでしょう。

もちろん企業にも言い分はあると思います。特に中小・零細企業は絶対的な人員不足に陥っており、労働条件を改善することは簡単ではないでしょう。仕事の発注元である大企業からの厳しい要求もあり、自社のみの取り組みには限界もあります。少子高齢化による労働人口減少の影響が及ぶのは、第一に中小・零細企業であることを忘れてはなりません。

このように見てみると、ワーク・ライフ・バランスの欠如は、個々の企業の問題ではなく日本社会全体の問題として捉えるべきだといえます。

4.必要なのは長時間労働の是正!ワーク・ライフ・バランス実現のカギ

では、社会全体として、どのような方法でワーク・ライフ・バランスを実現すればよいのでしょうか。

それには、日本社会に根付く性別役割分担意識を是正する必要があります。女性が男性同様、責任を持って働くには、家事・育児は女性の役割だという認識から脱することが求められます。そのためには、男女が共に家事・育児を分担できる労働環境の整備が不可欠です。

アベノミクスでは、経済政策上、女性の力が重要であるとして「管理職の3割を女性に」「女性の就業率を5%アップ」が叫ばれ、2015年に「女性活躍推進法」が成立しました。同法では、301名以上の企業等に対して、女性の管理職の割合について目標設定することを義務付けています。

しかし、正規労働者である夫が長時間労働から解放されない限り、妻の家事・育児に対する負担は減りません。そうすれば働くとしてもパートなどの短時間労働にとどまります。女性が正規労働者として活躍するためには、まず、夫の長時間労働を是正することが先決ではないでしょうか。

5.まとめ

ワーク・ライフ・バランスを実現するには、何よりもまず、今ある長時間労働を解消することが必要です。ところが政府の働き方改革実現会議は、例外的扱いである時間外労働の上限を100時間とし、これに基づいた労働基準法の改正がなされようとしています。また、企業が派遣労働者を永続的に使い続けられるように労働者派遣法が改正されました。これでは女性活躍は単なるスローガンにしかすぎません。

子育て期、中高年期といった人生の各段階に応じて生き方は多様です。それだけに働き方の多様性も必要です。多くの働き方のバリエーションがあることは労働者にとってメリットになりますが、それが使用者に悪用されるような制度設計であってはならないのです。

ワーク・ライフ・バランスの実現を主導する政府や大手企業の取り組みが、本筋から外れたものにならないかどうか、今後、労働者として注視していく必要がありそうです。

記事制作/白井龍

ノマドジャーナル編集部
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