2020年に東京五輪・パラリンピックの会場となる新国立競技場の建設を巡り、今年3月頃、工事を請負う建設会社で現場監督を務めていた男性が過労自殺していたことが明らかになりました。

男性の工事現場の入退場記録によれば、月々の残業時間は過労死ライン(月80時間)を超えており、2016年12月が約94時間、今年1月が約142時間半、同2月には約196時間だったとされています。

3月といえば、政府の働き方改革実現会議によって長時間労働の是正を盛り込んだ「働き方改革実行計画」が策定された時期です。それと同じ頃、一人の労働者が過労自殺に追い込まれていたことになります。

建設業界で長時間労働が是正される日は来るのでしょうか。

1.工期短縮は当たり前?避けられない建設現場の長時間労働

新国立競技場の工事は、予定から約1年2カ月遅れた2016年12月に着工されました。発注者の日本スポーツ振興センターは、工期短縮を求めていたといいます。東京五輪の開催は決まっていますから、建設工事の遅れを取り戻すことはいわば至上命令です。国家の一大プロジェクトの成功に向け、関係者はできる限りの努力をしていることでしょう。

しかし、そうした努力はすべて現場で働く者の負荷となって現れます。今回の男性の過労死自殺は、まさにそのことを示しています。

過労自殺した男性は、昨年12月中旬から新国立競技場の地盤改良工事の施工管理業務を担当するようになりました。男性の母親によると、午前4時半に起床し深夜1時ごろの帰宅が多かったといいます。日ごろから両親に工事日程の厳しさを話しており、相当な重圧を感じていたものと思われます。

建設業法令遵守ガイドラインは工期について、「建設工事の請負契約の当事者である元請負人及び下請負人は、当初契約の締結に当たって、適正な工期を設定すべきであり、……工期の変更に関する変更契約の締結に際しても、……元請負人は、速やかに当該変更に係る工期や費用等について、下請負人と十分に協議を行う必要がある。」と定めています。

元請負人及び下請負人との間で、どのようなやり取りがあったのかは定かではありませんが、少なくともガイドラインを遵守し、適正な工期について協議していたなら過労自殺を防ぐことができたのではないか、そのように感じます。

2.法改正後も過重労働はなくならない?時間外労働規制は適用除外に

建設業では労働時間が長く週休2日制を実施できていない事業所が今でも多くあります。労働時間を制限した場合、工期の長期化を招いてしまうため、労働時間の短縮が難しいからです。そのため、これまで建設業は労働基準法の時間外労働規制の適用除外とされてきました。

しかし、「働き方改革実行計画」では、建設業を含めた全ての産業に対し時間外労働規制を適用するとしています。それは、業種に関係なく労働者の命と健康を守るという趣旨の現れです。ただ、日本建設業連合会が東京五輪以降、相当の期間を置いた段階的な実施を要望したことで、建設業における時間外労働規制の導入は、5年の猶予期間を経た後の適用となりました。東京五輪に向け増大するであろう建設需要に対する影響に配慮した形となったのです。

たしかに東京五輪は国家の威信をかけた大事業であり、これを成功させることは大事なことです。しかし、その裏で大事業を成功に導くために働く者やその家族を不幸にするようなことがあってはなりません。

労働者の命と健康を守るための「働き方改革実行計画」も東京五輪の前では、単なるスローガンになってしまうということでしょうか。五輪特需を時間外労働で乗り切ろうとする使用者の思惑が、さらなる過労自殺等につながらないことを祈るばかりです。

3.現場の長時間労働と向き合う勇気を!ゼネコンにも当事者意識が必要

元請人の大手ゼネコンは新聞社の取材に対し「専門工事業者に対し今後も法令順守の徹底を指導する」とのコメントを出しています。しかし、そもそも元請人の大手ゼネコンから工期を守るよう要請があったからこそ、建設現場で過重労働が生じたのではないでしょうか。それをあたかも他人事のように「法令順守の徹底を指導する」と言い放っていることには驚きを通り越してあきれるばかりです。

建設業法令遵守ガイドラインが示しているように、工期の遅れが生じる場合には、元請人が下請人と協議し、発注者にも理解を得た形で解決するよう努め、できる限り長時間労働の防止に努めるべきでしょう。元請人にも当事者意識が必要です。

4.まとめ

東京五輪の開幕まで3年となり、都庁で開かれたイベントでラジオ体操をする小池百合子都知事の姿がテレビに映し出されていました。今後も東京五輪に向けた機運を盛り上げるために様々なイベントが各地で行われることでしょう。

一方で新国立競技場の建設現場では、男性の過労自殺を受け、長時間労働を是正するためのデモ活動が行われました。

関係各所が新国立競技場の建設に携わる労働者が過重労働により自殺したという事実を真摯に受け止め、一体となって長時間労働の是正に取組むことが望まれます。そうでなければ、建設業界は法令を守れない業界としての評価を免れることはできないでしょう。

記事制作/白井龍

ノマドジャーナル編集部
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