保育士、看護師、介護士。これらは慢性的に人手不足が続いている職業です。人の命に係わる重要な役割を担っているため、人手不足は深刻な社会問題となっています。この3つの職業は、いずれも資格が必要で、女性の就業者が多いことが特徴です。女性が多いということは、結婚や出産などのライフイベントに直面する就労者も多いということ。家庭との両立が難しいことが、人手不足の要因の一つとなっています。ダブルワークを含む柔軟な働き方の受け入れが、この問題をどこまで緩和できるのか、見ていきましょう。

保育士資格を取っても半数が違う業界へ

まずは保育士の現状から見ていきます。厚労省の発表によると、保育士の有効求人倍率(※一人の求職者に対し、何件の求人があるかを表す数値)は、毎年1月頃がピークになり、平成26年12月~平成27年1月は2倍を超えました。特に深刻なのが東京都で、平成26年12月~平成27年1月、平成27年8~9月は何と5倍を超える状況でした。

 

なぜこのようなことが起こるのでしょう。そもそも、保育士養成学校を卒業した方の約半数が、保育施設に就職していません。その大きな理由として、「責任の重さ・事故への不安」を挙げる方が多くいます。保育士を志して学校に入ったものの、授業や実習を通してその難しさを知り、断念する方が多いことが伺えます。

 

では賃金はどうでしょう。平均年収は323.3万円(平成27年度 賃金構造基本統計調査)と、金額だけ見るとそこまで低くはありませんが(※)、子供の命を預かる仕事としては、決して高くはないですよね。

※平成27年度の年間平均給与は、正規社員485万円、非正規社員171万円(※国税庁 平成27年分民間給与実態統計調査

 

責任の大きさやそれに見合わない賃金、職場の人間関係など複合的な理由が原因となり、保育施設に就職した方も、約半数が5年以内に離職しています。

 

結婚や出産などで退職した方が、復職する割合も多くありません。その大きな理由は、「希望の勤務時間で働けない」「希望のお休みが取れない」という問題です。多くの保育施設は、早番・遅番などのシフト勤務です。施設によっては土日に休めると限らないので、家事や育児、家族との時間を大事にしたい方にとっては、働きづらい状況なのです。そのため、せっかく取った保育士の資格を、眠らせてしまっている方がたくさんいます。

 

そんな中、女性が働きやすい環境を整備し、高い定着率・復職率を実現している施設があります。「第7回 日本でいちばん大切にしたい会社大賞」で、「厚生労働大臣賞」を受賞した「学校法人 柿の実学園 柿の実幼稚園(神奈川県)」です。同園では、保育士がライフスタイルに合わせて働ける環境を整備しています。また非常勤から常勤への転換制度、女性管理者の比率が90.9%といった、活躍できる制度を用意し、65歳以上の職員が10名以上在籍するなど、高い定着率を実現しています。

離職率が最も高い介護業界

続いて介護業界です。超・高齢化社会の日本に置いて、介護従事者の不足は重大な問題です。現在、全国に260万人の介護職員がいますが、2025年には232万~244万人が必要になります。このままでは同年に、約43万人が介護サービスを受けられなくなってしまいます(「日本創生会議」による)。

 

しかし、人手不足は悪化する一方です。2015年10月からの1年間に、全国の介護職員の16.7%が退職しました。これは全産業の中で最も悪い数値です。実際、全国の介護事業者のうち、6割強が人手不足を訴えています。同時に、採用したくても、なかなか人が集まらない現状があります。その大きな理由は、賃金の安さでしょう。介護職員の平均収入は、月給22万4848円。仕事の中には、入居者の介助など重労働も含まれます。そういった身体的負担や、保育士同様に命を扱う仕事であることを考えると、安く感じるのも致し方ありません。

 

介護従事者の退職理由は、「職場の人間関係」が最も多く、全体の23.9%を占めます。これは、「人手不足」「体のきつさ」「賃金の安さ」などの不満が積み重なり、表面化したものではないでしょうか。職員が少ないと、一人ひとりにかかる負担が大きく、残業も増えます。休みを気軽に取れない空気も生まれます。新人が入っても、きちんと研修する余裕がないため、育ちづらい。職場の雰囲気もギスギスし、それが人間関係のトラブルに繋がるという、負のスパイラルが生まれるのです。

 

埼玉県では、人材不足を解消しようと、独自の取り組みを行っています。介護施設などでの研修に参加しながら、介護職員初任者研修の資格を取れる職業訓練プログラムを実施しているのですが、特徴は研修への方法です。フルタイムでの参加が難しい方は、「ハーフワーク」として、週3~4日程度、短時間でも参加できるのです。受講者はプログラム終了後、研修先での直接雇用を目指していきます。こういった流れがあれば、施設側と労働者側の間で、ハーフワークという働き方の認識ができているため、勤務開始後のミスマッチをかなり減らせるでしょう。

 

介護施設での常勤勤務ではなく、訪問介護という働き方も増えています。これは、働ける曜日や時間帯をあらかじめ登録しておき、その範囲内でのみ稼働するというものです。常勤ではないので、人間関係に悩まされることもありません。資格や経験を活かしつつ、ライフスタイルに合わせて働けるため、今後も登録者が増えていくのではないでしょうか。

看護師を確保するための法改正

最後に看護師です。平成25年末の時点で、看護職員(保健師・助産師・看護師・准看護師)は約157万人です。しかし、団塊の世代が後期高齢者を迎える平成37年には、196万~206万人が必要となります。看護職員の従事者は、毎年3万人程度ずつ増えているものの、このままではとても追いつかない見通しです(厚労省による)。

 

そこで政府は、平成26年に公布された「 医療介護総合確保推進法」に基づき、「復職支援」「離職防止・定着促進」に取り組んでいます。 また平成27年10月には、「看護師等の人材確保の促進に関する法律」が改正されました。これは、保健師・助産師・看護師・准看護師の免許を持っていながら、看護職についていない方は、ナースセンター(※法律に基づいて都道府県知事が指定する、看護職員確保の公的な拠点)に届ける必要があるというものです。この届出情報をもとに、ナースセンターが離職中の方と連絡を取り、職業紹介や研修、アドバイスなどを通じて復職支援を行うのです。また、育児をしながら看護職に従事している方たちが交流するなど、情報交換のためのコミュニティとしても機能しています。

 

 

このように、官民がさまざまな施策を行い、人手不足の解消に取り組んでいます。その重要なキーワードは、「女性が柔軟に働き方を選べる環境の整備」です。フルタイムではなく、希望する日数、曜日、時間帯で働けるようになれば、復職率や定着率は上がるでしょう。ダブルワークとしての保育・介護・看護という選択肢も広まるかもしれません。

 

人手不足で、日々の業務を回すのが精いっぱいという中で、こういった環境整備を行うのは決して簡単では無いでしょう。しかし、「柿の実幼稚園」をはじめ、多くの成功事例があることも事実です。業界団体や官民がより連携し、情報交換やサポートを通じて、女性が活躍できる機会を増やすことが、人手不足という問題解決の大きな一助になるのではないでしょうか。

ライター: 肥沼 和之

大学中退後、大手広告代理店へ入社。その後、フリーライターとしての活動を経て、2014年に株式会社月に吠えるを設立。編集プロダクションとして、主にビジネス系やノンフィクションの記事制作を行っている。
著書に「究極の愛について語るときに僕たちの語ること(青月社)」
フリーライターとして稼いでいく方法、教えます。(実務教育出版)」