バブルの時代は華やかで贅沢な時代だったと言われています。しかし日本人が物質的に豊かになっていったのはバブルの前の高度経済成長期でした。その時期に様々な雇用慣行が作られ,現在に至っています。そのような慣行の一つが今回取り上げる副業の禁止です。
副業が禁止される理由
コンプライアンス違反となるか
本来憲法第22条で職業選択の自由が保証されています。よって日本において副業は法的には問題ありません。ですがほとんどの企業では就業規則で「会社の許可なく他の会社に雇い入れられてはならない」などの規定を定めています。
副業禁止には本業に集中させることや情報漏えいを防ぐなどの合理的な理由もあります。とはいえここで押さえておきたいのは,これは法的な問題ではないということです。
長時間労働が法的な問題になるか
例えば副業でアルバイトとして他社に雇用される方法を選んだとします。この場合、労働基準法第38条によると、複数の事業所で働いた労働時間は通算となります。よって時間外手当が発生します。
ではその時間外手当は誰が払うのでしょうか?これについては実は専門家の間でも意見が分かれており,ケースバイケースの判断となるようです。ただ,もしフルタイムの本業が終わった後に別のアルバイトを入れているという場合は、アルバイト先が払うというのが筋のようです。
ただ時間外手当は基本給の1.25倍となります。これを素直に払ってくれるアルバイト先はなかなかないでしょう。実はこの労働時間合算ルールは時代に合わないという意見もあります。そのため、今後変更される可能性もあります。
副業が必要なかった時代
高度経済成長時代
最近になって副業に注目が集まり始めました。それは長い不景気のため所得が増加しづらいという理由からです。では,昔はどうしていたのでしょうか?副業をしたいという希望者はいなかったのでしょうか?
それを確認するために,高度経済成長期の所得を示すデータを見てみましょう。高度経済成長期は1950年代から始まります。
1950年~53年に朝鮮戦争の勃発を理由とする特需景気,55年~57年に神武景気,1年飛ばして58年~61年に岩戸景気,また飛ばして64年にオリンピック景気,65年~70年にいざなぎ景気などと呼ばれる好景気が発生しているのが理由です。今回見るデータは1963年から第一次オイルショックが起きる1973年までです。
その頃の平均所得(年間)を調べると,以下の通りです。
年 | 平均所得(年間) | 年 | 平均所得(年間) |
1963 | 63.84万円 | 1969 | 113.64万円 |
1964 | 70.26万円 | 1970 | 139.35万円 |
1965 | 77.13万円 | 1971 | 162.12万円 |
1966 | データなし | 1972 | 181.60万円 |
1967 | 91.17万円 | 1973 | 224.31万円 |
1968 | 103.32万円 |
年々高い割合で上昇しています。この時代は本業に集中していれば経済的に豊かになれた時代でした。
経済そのものが拡大していったので,企業も投資をすればするほどリターンを多く得られた時代です。投資により事業が拡大すれば、企業は従業員に残業や転勤を期待します。従業員も収入が目に見えて増加するのでどんどん引き受けました。本業で生活が十分成り立っていたので、副業にはほとんどメリットがありませんでした。
この高度経済成長期に「副業禁止」という概念が成立しました。終身雇用と年功序列の組み合わせで生涯の生活は保証される代わりに,残業・休日出勤・転勤は断れないという日本の伝統的な雇用慣行の一環として。
そこに無思考に社会の歯車になっているという悲惨な雰囲気はありません。皆,生き生きと仕事をしていたのではないでしょうか。しかし経済がずっと右肩上がりの時代は終わりました。それなのに(副業禁止などの)雇用慣行だけが残っているのが不自然なのです。
バブル景気が弾けるまで
次に1976年からバブル景気崩壊の1990年までの所得を調べましょう。先ほどとは違う資料を用いますので,単純な比較はできないのですが,所定内給与(月額)と前年比を掲載します。
年 | 所定内給与(月額) | 前年比 | 年 | 所定内給与(月額) | 前年比 |
1976 | 131.8千円 | ー | 1984 | 206.5千円 | 3.6% |
1977 | 144.5千円 | 9.6% | 1985 | 213.8千円 | 3.5% |
1978 | 153.9千円 | 6.5% | 1986 | 220.6千円 | 3.2% |
1979 | 162.4千円 | 5.5% | 1987 | 226.2千円 | 2.5% |
1980 | 173.1千円 | 6.6% | 1988 | 231.9千円 | 2.5% |
1981 | 184.1千円 | 6.4% | 1989 | 241.8千円 | 4.3% |
1982 | 193.3千円 | 5.0% | 1990 | 254.7千円 | 5.3% |
1983 | 199.4千円 | 3.2% |
この15年ほどかけて給与が約2倍になっています。ですが増加率は徐々に小さくなっています。この時期に何があったのでしょう。
実はこの時期税制改革が行われていました。1983年までは所得税の最高税率は75%でした。住民税が最高18%だったそうですから,所得の最大93%が税金で控除されるということになります。とんでもない時代があったものです。
その後84年~86年は最高税率70%,87年~88年が60%で,89年からは50%になりました。所得税が緩和され最高税率が下がっても,一般の人々はその恩恵にあずかれません。喜ぶのは高収入の人々です。では税率が下がって滞留するお金はどこに向かうのでしょうか?この時は投機目的で不動産を購入する人が増えました。これがバブル景気のきっかけです。
投機の抑制と投資の促進は表裏一体です。そのため金融政策のかじ取りは大変難しいものです。短い時間の中で不動産投機によるバブル景気が急速に膨らみ、すぐにはじけてしまいました。それにより、その後長期的な不景気が日本を襲うこととなります。
さて、この記事のテーマである副業に話を戻します。副業の一つとして不動産経営に目を向ける人も少なくありません。最初から売却目的で購入する人もいるかもしれませんが,家賃収入を得ることも立派な副業です。不動産収益は経費の面でも活用が可能です。
ちなみに,バブル景気が始まったのは富裕層にお金がたまっていくような税制改革があったからです。やはり投機(投資?)は余剰金額ですべきであり,必要な蓄えには間違っても手を出してはならない,ということも確認できます。
ライフプランはどう変わってきたか
バブル景気崩壊後の時代
次はバブル景気崩壊の翌年1991年から2011年までです。所定内給与(月額)と前年比を掲載します。
年 | 所定内給与(月額) | 前年比 | 年 | 所定内給与(月額) | 前年比 | 年 | 所定内給与(月額) | 前年比 |
1991 | 266.3千円 | 4.6% | 1998 | 299.1千円 | 0.1% | 2005 | 302.0千円 | 0.1% |
1992 | 275.2千円 | 3.3% | 1999 | 300.6千円 | 0.5% | 2006 | 301.8千円 | -0.1% |
1993 | 281.1千円 | 2.1% | 2000 | 302.2千円 | 0.5% | 2007 | 301.1千円 | -0.2% |
1994 | 288.4千円 | 2.6% | 2001 | 305.8千円 | 1.2% | 2008 | 299.1千円 | -0.7% |
1995 | 291.3千円 | 1.0% | 2002 | 302.6千円 | -1.0% | 2009 | 294.5千円 | -1.5% |
1996 | 295.6千円 | 1.5% | 2003 | 302.1千円 | -0.2% | 2010 | 296.2千円 | 0.6% |
1997 | 298.9千円 | 1.1% | 2004 | 301.6千円 | -0.2% | 2011 | 296.8千円 | 0.2% |
特に前年比から、いかにバブル景気の崩壊による影響が深刻で長引いているかを読み取れます。
アベノミクスの時代
最後にアベノミクスが始まった2012年から最新の2016年までです。
年 | 所定内給与(月額) | 前年比 |
2012 | 297.7千円 | 0.3% |
2013 | 295.7千円 | -0.7% |
2014 | 299.6千円 | 1.3% |
2015 | 304.0千円 | 1.5% |
2016 | 304.0千円 | 0.0% |
経済政策の難しさが数字に表れています。
ところで,一般家庭が必要とする資金、つまり生涯支出はどのくらいでしょうか?もちろんライフスタイルにより千差万別ですが,単身でおよそ1億9000万円,夫婦と子供3人でおよそ3億6000万円という試算があります。
所得が思うように増えていかない中,この生涯支出をねん出する必要があります。
副業の禁止は合理的か
生涯所得と生涯支出という観点
さて,ここで生涯所得というものに注目してみましょう。生涯所得とは一生でどのくらい収入があるかを合計したものです。「ユースフル労働統計2016」によると以下のようになりました。
(男性・高校卒。卒業してすぐ就職し60歳までフルタイムの正社員を続けた場合。退職金は含まない)
年 | 生涯所得 |
2010 | 2億0270万円 |
2011 | 2億0150万円 |
2012 | 2億0210万円 |
2013 | 2億0240万円 |
2014 | 2億0670万円 |
ここ数年は一定の範囲に収まっているようです。これを前述の生涯支出と比較するとかなり厳しい現実が見えてくるでしょう。
企業は経費削減のため人件費を抑制しようとしています。つまり,今後しばらく生涯所得が上昇することは期待できません。勤務する企業が所得を上げてくれないのなら,自分でそれを上げていく努力をしなければなりません。そのためにあるのが副業ではないでしょうか。
副業の禁止を見直すべきターニングポイント
以上のように生涯所得が一定の枠内にあることを知ると,「節約」という対策を選ぶ人は少なくないと思います。しかし「所得増」という道もあります。現代はICTの発展により個人のレベルで仕事を作り所得を生むことが可能となっています。
本業が十分な所得を与えてくれていた時代は終わりました。このタイミングで,偶然にも充実したネット環境が利用可能なのですから,副業のためにこれらを使わない手はないでしょう。
まとめ
冒頭で述べたように副業を禁止している会社は少なくありません。これは高度経済成長期,本業に打ち込んでさえいれば生涯に必要な所得が十分に得られた時代の「遺物」なのかもしれません。
昨今の経済状況はその時とは変わっています。また企業は人件費を抑制する動きに出ています。であれば雇用慣行も変化するのが自然なのですが,後手に回っているというのが現実です。
では世の中が変わるまで、副業は禁止されているから何もしない、それでいいのでしょうか?現代はICTの発展により場所を選ばずに労働を提供することが可能となっています。副業ができる環境は整備されています。
執筆者:木本 こかげ
社会保険労務士。翻訳家。専門知識を背景に社会保険・労働保険・助成金・年金に関する記事を多数執筆。「日本語力」を生かして就業規則・契約書・医学論文・機械取扱説明書・オンラインゲームシナリオの英文和訳を多数手がける。