当連載では、新しい働き方の道しるべとして、「地方での仕事」そして「リモートワーク」を中心にお話して来ました。今回は、実際に地方でのリモートワークを実践している人物を例に、「地方リモートワーク」の未来を展望してみたいと思います。

リモートワークの申し子

今回ご紹介するのは、こちらの女性・奈良織恵さん「「個人」「会社」「地方移住」 3つの視点でリモートワークを実践 」です。

奈良さんは株式会社ココロマチの取締役として、都市と地方をつなぐプロジェクト「ココロココ」を立ち上げ、その公式サイトを運営しています。奈良さんは日本でリモートワークの概念が普及する以前から、オフィスにとらわれない先進的な働き方を実践してきた方です。会社の取締役である彼女は、ココロマチ社内の「働き方改革」を積極的に推進し、サテライトオフィスの開設でリモートワークの導入を加速させています。

個人としてはもちろん、企業幹部として「地方リモートワーク」を推進する奈良さんの主張を、いまから見ていきたいと思います。

大学を卒業後、ブラジル行きを志した奈良さんは、渡航費用を貯金するために仕事を始めました。その勤務先が、いまも所属している株式会社ココロマチだったのです。そして入社から3年後、会社の後押しもあってブラジルに渡ります。会社は奈良さんの力量を評価していたため、ブラジルでも彼女が会社の仕事をできるよう取り計らってくれました。

当時はIT環境がまだまだ未整備であり、必ずしも日本の本社との連携が上手くいったわけではありません。それでも、日本でまだリモートワークの概念すら広まっていない時代に、奈良さんは地球の裏側でのリモートワークという、スケールの大きな体験をすることができました。

会社自体の革新的な姿勢が、奈良さんのリモートワーカーとしての可能性を広げたのでしょう。その投資は後に、会社の大々的な変革へとつながったのです。

リモートワークの基盤「クラウド化」

その後、奈良さんは日本に帰国して会社に戻り、精力的に業務に取り組みました。そして彼女が会社の中心的存在になるのと歩調を合わせ、日本のIT社会も大幅に進化したのです。

奈良さんの会社はIT環境の合理化を徹底的に進めました。そして会社のシステムのクラウド化(注)にも踏み切ったのです。

(注)クラウド化……システムやデータを、会社や個人のハードディスクではなく、インターネット上に保存すること。

この決断の背景には、2つの理由がありました。

まず第一に、コストの大幅な削減につながる点です。クラウド化を進めることによって、システムの維持管理の必要がなくなり、コストを丸ごとカットできるようになったのです。

そして2つ目は、リモートワークを推進する基盤になるという点です。クラウド化の実現により、インターネット環境さえあればどこからでもデータとシステムにアクセスすることができるようになりました。自宅であろうがどこであろうが、場所を問わずに会社の仕事ができる環境が整備されたのです。

こうして整ったリモートワーク環境が、奈良さんを次のステージへと導きます。そのステージこそが「地方」だったのです。

魅力の発信は、ヨソ者の視点から

横浜出身の奈良さんが地方と結びつくきっかけを作ったのは、彼女の父でした。奈良さんの父が岩手県の遠野に移住したのがきっかけでした。奈良さんはそのときの喜びをこう語っています。

もともと両親とも東京育ちで、私は生まれも育ちも横浜。なので『帰省する田舎』を持っていなかった。だから、たまに帰る田舎ができたのがうれしくて、田植えや稲刈りがとても新鮮で楽しかったんです

そう。地方の農村では当たり前の「田植えや稲刈り」が、都会で生きてきた奈良さん一家にとっては非常に新鮮で、魅力的に感じられたのだといいます。

ここに、地方の活性化の盲点があり、逆にいえばヒントが隠れているようにも思います。

地方を盛り上げるためには、まず住民自身が地域の魅力を発信していかなくてはなりません。しかしせっかく地域に魅力的な要素があっても、その多くが住民にとっては「当たり前」のものであることが多く、魅力に気づかないことがあります。

地域住民が故郷の魅力に気づかないために、せっかくの地域のよさも宝の持ち腐れになってしまい、地域の魅力も発信されることがない……地方の活性化がいまひとつ進まない現状には、こんな背景もあることでしょう。

だからこそ、地方の発展のためには「ヨソ者の視点」が必要なのだといえます。

奈良さん一家は、遠野で田植え・稲刈りの新鮮な体験に魅了されたわけですが、それは地域の人たちには当たり前の仕事です。よって地方のよさが住民に正しく認識されず、結果として魅力が発信されないことにもなってしまいます。だからこそ地方を客観的に観るヨソ者の視点が、地域の魅力の発掘には欠かせないといえるでしょう。

地方だからできた、人とのつながり

こうして遠野での農業を楽しんでいた奈良さん一家ですが、2011年、東日本大震災によって東北は一変します。その時の経験を、奈良さんはこの様に語っています。

遠野は沿岸部へのアクセスが良いこともあり、ホランティアセンターができ、私も参加するようになりました。それまでは、父の家に遊びにいっても、関わりがあるのはご近所さんくらいだったのですが、震災ボランティアによって、地元にも知り合いが増え、一緒に東北に通うボランティア仲間もできました。私と同じように田舎を持たない東京出身のボランティア仲間は、今では毎年父の田んぼを手伝ってくれる田植え・稲刈り仲間になりました

東北の人たちにとって、またすべての日本人にとって、震災はあまりに悲しい出来事でした。しかしその悲しみの中にも、人々が助け合って生きていく姿がありました。

人と人とのつながりを深めたのは、地方の農村という環境も大きかったはずです。

奈良さんによると、ボランティアで知り合った東京出身の人たちが、奈良さんの父の農業を手伝ってくれるようになったといいます。いわば奈良さん一家の「田んぼ」を核にして、東京出身者が小さなコミュニティーを形成したわけです。

これは都会では得られない人間のつながりであり、地方の農村ならではの魅力がここにあります。こうした魅力を発信することが、地方のよさを広めることにもなるはずです。奈良さんは地方の魅力を発掘・発信するうえで、2つの有利な要素を持っていました。ひとつは、彼女自身が「ヨソ者」であり、地方の魅力を客観的に観ることができる点。そしてもうひとつは、彼女の会社がIT企業であり、情報の発信には長けていた点です。

これらの強みを生かし、奈良さんの新たな挑戦が始まりました。

都会と地方をつなげたい―――東北への想い

奈良さんは、都市と地方をつなぐプロジェクト「ココロココ」を立ち上げた経緯について、このように語っています。

取材を通じて、東北が抱える課題は日本全国の多くの地方で共通のものなのだということ、その一方で、地方には町を元気にするための面白い活動をしている人がたくさんいるということに気づいたんです。実際、震災以降は若い世代の移住者も増え、地方でゲストハウスをつくったり農業を始めたり、これまでとは違う価値観で行動する人が増えたことを実感しました。それで、東北から全国にエリアを広げ、都市と地方をつなぐプロジェクト『ココロココ』をスタートしました

地方の衰退は、人口減少と密接に関係しています。地方から都会に人が流れることで、地方の活力はじわりじわりと奪われてきています。さらには今後、日本全体の人口が減少に向かうと予想されているので、このままでは地方の将来は危機的なものになります。

奈良さんはココロココのコンセプトを「都会と地方をつなぐプロジェクト」としていますが、ここには地方から都会への一方的な人の流れを変えたいという願いも込められていると思います。人の流れを都会から地方へと向けることで、地方が活力を取りもどすきっかけになるのです。

だからこそ都会の人たちに向けて、地方の魅力を発信していく必要があります。そうしてはじめて地方への人の流れが生まれ、都会と地方を「つなぐ」ことができるでしょう。

「リモートワーク」が有効に機能した

奈良さんの会社は東京にありますが、「ココロココ」というプロジェクトで都会と地方をつなぐ作業をするには、ずっと東京にいるわけにはいきません。東北をはじめ、日本各地への出張が必要になりました。

こんな環境での業務遂行を、クラウド化が後押ししてくれました。先にも述べたように、クラウド化によって会社のシステム・データに社外からアクセスできるようになっていたので、奈良さんは日本のどこにいても(インターネット環境さえあれば)会社の業務に取り組むことができたのです。

まさにクラウド化によってリモートワークが実現し、リモートワークによってオフィスの場所にとらわれない柔軟な働き方が実現したのです。

リモートワークは、地理的制約・距離的ハンデを乗り越えるのはもちろん、日本人の働き方を根本的に変革するかもしれません。

「地方活性化とリモートワーク」コラボに期待

奈良さんの活動事例からも分かるように、場所にとらわれずに働けるリモートワークは、地方の活性化においても大きな可能性を秘めています。

そのリモートワークを実現するうえで、クラウド化も大きなポイントです。企業がクラウド化を進めることでリモートワークも普及し、より多くの人々に「場所にとらわれない働き方」を提供できます。

それは地方在住者の仕事の可能性を、大きく広げることにもなるでしょう。

記事制作/欧州 力(おうしゅう りき)