当連載では「地方の仕事」の可能性について、様々な視点から取り上げてきました。副業やリモートワークなど、働き方を工夫することで、地方での仕事の可能性が広がることは事実でしょう。地方での仕事を考えるうえで、「働き方」はとても重要なカギになるのです。

そして「地方の仕事」のもうひとつのカギとなるのが、「地方の未来」です。過疎化が進む地方に、未来はあるのか?地方を活性化させる秘策はあるのか?今回はマスメディアの記事から、地方の未来像について考えてみたいと思います。

地方から生まれた「初音ミク」

地方の未来はどうなるのか?過疎化と衰退に対し、打開策はあるのか?

そんなテーマについて、日本の代表的メディアである文藝春秋のサイト「文春オンライン」が、非常に興味深いインタビュー記事をリリースしています。

どうして“初音ミクの会社”は札幌にあり続けるのか? ミク“生みの親”が考える「地方創生」

インタビューに答えている伊藤博之さんは、札幌に本社を置く「クリプトン・フューチャー・メディア株式会社」の代表です。同社はソフトウェア開発などを行うIT企業であり、インターネットで大人気の音声ソフトウェア「初音ミク」の開発元として有名です。

「初音ミク」とは何か?簡単に説明すると「パソコン上で、ユーザーの思い通りに歌ってくれる女性キャラクター」と言うべきでしょう。

メロディーと歌詞を入力すると、可愛らしい女の子のキャラクターがパソコン上で歌ってくれるという、楽しくて夢のあるソフトです。「初音ミク」に歌わせた動画を、インターネットで配信することもできるので、ユーザーは歌手を育てるプロデューサーの気分を味わうことができます。

「初音ミク」はその少女らしい歌声はもちろん、愛らしいビジュアルも人気となり、インターネットで息の長い活躍を続けています(動画サイトの「Youtube」や「ニコニコ動画」で検索をかけると、「初音ミク」の動画が山のようにヒットするのです)。

前置きが長くなりましたが、その大人気音声ソフト「初音ミク」が札幌生まれであることは、案外知られていないのではないでしょうか。

そう。「初音ミク」の開発元企業は札幌発祥であり、ソフトウェアの世界で大ヒットを飛ばしてもなお、札幌に本社を置き続けているのです。

札幌という地方都市から、どのようにして「初音ミク」が生まれたのか? IT分野で成功したにもかかわらず、東京に本拠を移さないのはなぜか? 「初音ミク」を世に送り出した伊藤さんの話を聞くと、色々なことが見えてきます。

札幌には、可能性がある

IT企業の場合、東京に移転した方が、事業展開に好都合な面もあるでしょう。事業パートナーとの連携に好都合なのはもちろん、クライアントとなり得る企業は首都圏が圧倒的に多いからです。

しかし伊藤さんの会社は、ソフトウェア開発で成功したにもかかわらず、東京に本社を移すことはありませんでした。それについて、伊藤さんはこのように話しています。

ミラノやミュンヘンは人口140万人前後ですが、世界のハブになっていますよね。札幌の人口は190万人。札幌だってじゅうぶんハブ機能を持つ都市になれるはずです。そういった意味でもちょうどいいし、もともとIT系の企業を育む土壌がある土地でもあるんです。いわゆる「サッポロ・バレー」と呼ばれる所以でもあるんですが

伊藤さんが指摘するとおり、ミラノやミュンヘンといった世界的な都市と比べても、札幌市は人口で上回っています。さらに「サッポロ・バレー」(注)と呼ばれる地域では、多くのIT企業が育っています。

つまり札幌は、地域の経済・文化の拠点となるのはもちろん、世界により大きな存在感を示すポテンシャルをも、秘めているわけです。

(注)サッポロ・バレー……札幌市内において、IT企業が多く集まる地域。アメリカのシリコンバレーにちなんでこう呼ばれる。

それでは、札幌をさらに魅力的な都市にするために、具体的に何が必要なのでしょうか?

伊藤さんの考え方には、地方の未来を考える大きなヒントが隠れています。いまからじっくり見ていきましょう

地方が輝くカギ (1)地元民の気づかない魅力を発掘・発信

伊藤さんは、「北海道にはものすごい可能性がある」と断言したうえで、地方の魅力の発掘・発信には工夫が必要だと訴えます。

地元の人っていうのは身の回りにある魅力に気づかないもの。でも、稚内を含む宗谷地方って優良な木材の産地として有名で、わざわざ移住して工房を開いて工芸品を作る人もいるほどなんです。こうした今あるものを、さらに良いものにしていくには発信力や、情報デザインの方法、それらを包括するITの素養というものが重要になっていくと思うんです

なるほど、と思わされる指摘です。「稚内」と聞けば、大半の人は「寒そう」「雪が多そう」「北海道のすみっこ」……といったイメージしか浮かばないかもしれません。しかし実際には、木材の産地としてはもちろん、良質の魚介類を中心とする食や、美しく雄大な風景など、誇れる魅力がたくさんあるのです。

こうした「地方の魅力」を発信するには、いくつかのポイントがあります。

まず第一に、地域の良さとは地元民には見えづらいという点です。土地の魅力は、毎日そこで暮らしている人には「当たり前」になってしまいがちです。よって肝心の地元民が、自分たちの住む場所の魅力に気づかないという現象が起きるわけです。

さらには、人目を引き、他地域との差別化を図りつつ、上手く魅力を発信していく必要があります。すなわち情報デザインが不可欠なのです。

これらのポイントをしっかり押さえつつ、ITの力も十分に生かすことで、はじめて地域の魅力はよそに伝わっていくのです。

地方が輝くカギ (2)ブームを生み出す

伊藤さんの話の中で特に新鮮な響きを持つのが「情報デザイン」という言葉です。ただ地域の魅力を一生懸命訴えるだけでは、無限の情報の中で埋もれてしまいます。だからこそ、個性的でインパクトがある情報を発信しなくてはなりません。そこで伊藤さんは自らが中心となって、札幌発のブームを起こしました。それが「シメパフェ」です。

シメパフェ……聞きなれない言葉ですが、これは「お酒を飲んだあとのシメ(最後の食事)をパフェにする」というものだそうです。

シメパフェは、ちょっとしたアイデアから生まれたものです。あるとき伊藤さんは、地元牛の乳を使ったソフトクリームがとても美味しいことに気づき、それをパフェにして札幌に広めました。ここから「飲み会のシメはパフェにしよう」というブームに火がつき、さらにはメディアが大々的に取り上げてくれることにもなったのです。

(シメパフェを)謎のブームみたいに面白がって取り上げてくれるメディアがどんどん増えてきて、旅行雑誌の『じゃらん』とか、JTBとかから始まって、北海道物産展に呼ばれるようになり、『秘密のケンミンSHOW』でも取り上げてもらい、ついには『マツコ会議』にも取り上げられて……

小さなアイデアから生まれた「シメパフェ」が、地元のブームになるばかりか、雑誌や旅行会社、さらには全国区のテレビ番組にまで取り上げられる……まさに奇跡的な展開という他ありません。

それでも、シメパフェブームの盛り上がりを、ただ「奇跡」のひと言で片付けるべきではないでしょう。このエピソードには、地方の魅力を広く発信していくための、大きなヒントがあります。

ひとつは言うまでもなく、ムーブメント自体が個性的で面白いことです。飲み会のシメにパフェを食べるなど、他地域の人から見ればあまりにユニークで、インパクトが抜群です。だからこそ人目を引けますし、マスメディアも食いついてくるわけです。

もうひとつは、地域の魅力のコア部分がしっかり発信されている点です。シメパフェはただユニークで美味しいだけでなく、地元産の牛乳を使っているのがポイントでした。だからこそ、札幌そのものの魅力を伝えることにもなったのです。

地方が輝くカギ (3)人をつなぐ「ハブ」になる

クリエイターの力を結集することで、北海道はもっと盛り上がるというのが、伊藤さんの考えです。

そのために伊藤さんの会社自体が、あらゆる分野のクリエイターをつなぐ「ハブ」(注)になろうとしています。

(注)ハブ……拠点。ネットワークの中心。

(伊藤さんの)会社のお客さんはほとんどがクリエイター。音を買ってくださるのはゲームクリエイターや映像クリエイターですし、初音ミクを使ってくださる方は音楽クリエイター。ミクの二次創作する方にはイラストレーターもいらっしゃるし、コスプレのための衣装デザイナーも……

いかなるコンテンツも、クリエイターの力なしでは成り立ちません。たとえば地方をPRする動画コンテンツを作ろうとすれば、動画の出演者(役者)や映像作家はもちろん、動画のシナリオを作る脚本家の存在が欠かせません。さらにはBGMを担当する作曲家や、テーマソングを歌ってくれる歌手も必要になります。

こうしたクリエイターたちの力を結集することで、大きなムーヴメントを起こすことができ、地方の活性化への道も開けるわけです。だからこそ、クリエイター同士を結ぶ「ハブ」が必要となります。伊藤さんは自らハブの役割を果たし、札幌や北海道全体の活性化につなげようとしているのです。

地方が輝くカギ (4)外部にファンを増やす

地域の魅力をどう伝えていくか―――伊藤さんは「情報発信のデザイン」を、地方活性化の最重要課題と位置づけています。

その考えに基づき、伊藤さんの会社は北海道の情報アプリ「Domingo」(ドミンゴ)を開発しました。道内の市町村公認のアプリは、北海道に関するあらゆる情報をスマートフォンで閲覧できるというものです。

なにより驚くべきは、伊藤さんの壮大な野心です。

目標は『道民倍増』。倍増といっても移住してもらおうということではなくて、北海道のことを気にする『バーチャル道民』を増やそうということなんです

彼のいう「道民倍増」というのは、外部に「北海道のファン」を増やそうという発想です。

その背景には、伊藤さんのこんな問題意識があります。

今、北海道には530万人住んでいて、毎年の観光客は800万人。そのうち海外からの観光客は200万人なんですが、大抵の人はカニ食って、ジンギスカン食ってさよなら。そうした人たちに、北海道を離れた後も情報を得てもらってバーチャル道民として繋がっていてほしい。そんな人が500万人増えれば、道民倍増っていう計画なんです

北海道と観光客の関係を、一過性のもので終わらせたくない―――これが伊藤さんの問題意識でした。

「せっかく来てくれた観光客に、引き続き北海道に関心を持ってほしい。

『バーチャル道民』となって、北海道とのつながりを維持してほしい」

伊藤さんはこう願いつつ「Domingo」を運営し、クリエイターの力を結集しての情報発信に努めています。

いちど北海道に来た人が、引き続き「バーチャル道民」として北海道とつながってくれれば、その中から再度、北海道を訪れる人も出てきます。あるいは、口コミで北海道の魅力を伝えてくれる期待も持てるでしょう。

伊藤さんの願いが一定以上の規模で実現すれば、北海道の観光業への大きな追い風ともなり得るのです。

地方の未来、あきらめるにはまだ早い

最後に、地方活性化における伊藤さんのポリシーをご紹介しましょう。

東京から遠く離れた北海道にいるからとか、地方に住んでいるからといって、あれはできない、これはできないと可能性を狭めて考えることはナンセンスだと思います。むしろ、地方には開拓できる可能性がまだまだ秘められているんです。初音ミクが世界に愛される存在になったように、世界から共感される地方のあり方、見せ方はあるはず。これからもクリエイターが創生する『地方の姿』を追求していきたいと思っています

情報をどうデザインし、どう発信していくか。

地域の魅力を、よその人たちにどう伝えていくか。

クリエイターをどう生かし、ITをどう活用すべきなのか。

そんな地域活性化のヒントが、伊藤さんの言葉には散りばめられています。

そう。地方の未来をあきらめるには、まだ早いのです。

記事制作/欧州 力(おうしゅう りき)