捉えどころのない「ミッション・ビジョン・バリュー」

企業のトップページに表示される事の多い「ミッション・ビジョン・バリュー」は、平易な表現で読みやすく、簡潔でとても素晴らしい内容です。

ところが、よく考えてみると理想的すぎたり、主語や主体が見ずらく、何を言いたいのかがよくわからないということもないでしょうか?

この「ミッション・ビジョン・バリュー」はドラッカーが提唱したものです。基本に立ち戻りドラッカーの理論を簡単に説明したあと、日本企業での事例やミッション実現のためにはどのような要素が必要かを考えていきましょう。

ドラッカーによる「ミッション・ビジョン・バリュー」とは

ユダヤ系ドイツ人の経営学者のピーター F. ドラッカーは、絶え間なく変化するビジネス社会に関しての洞察を行っていました。2003年に出版された著書「Managing in the Next Society(ネクスト・ソサエティ)」の中でミッション・ビジョン・バリューの必要性を唱えています。

その内容とは、未来の社会において多国籍企業(大企業)にとっての最大の課題は、その社会的正当性を示すことだというものでした。企業にはそのために、ビジョン、ミッション、バリューが必要となるというのです。ミッション、ビジョン、バリューは企業の存在意義や社会的なポジション、そして方向づけのもとになります。

ミッション

ミッションとは、使命、目的という意味です。

ドラッカーは多くの著書の中で「ミッション(=使命)」の重要性を説いています。中でもミッションについて、具体的な記述があるのが1990年出版の「Managing the Non-profit Organization: Practices and Principles(非営利組織の経営)」です。

ドラッカーは、組織のリーダーが最初におこなう仕事のひとつは、自らの組織のミッションを考え抜き、定義することとしています。

さらにそのミッションは、その組織で働くひと全員がどのように貢献するのか、その行動本位を知りうるようにしなければ、単なる意図(実行できない思惑)に終わってしまうというのです。逆に言えば、組織のミッションさえ正確に理解できれば、自らが貢献すべきものを見つけ出し、具体的な目標を設定し仕事に取り組めるということでした。

ビジョン

「ビジョン」は「ミッションが実現した姿(将来像)」と言い換えることができます。

リーダーが「こうありたい」という姿、自社が目指すイメージをわかりやすく組織の人間に伝えることができれば、組織の人間は実現に向けて巻き込まれていきます。リーダーの求心力ともいえるでしょう。

ビジョンについてのドラッカーのおもしろいエピソードをご紹介します。18歳のドラッカーは、ヴェルディのオペラ「ファルスタッフ」を鑑賞した際にその作品が、ヴェルディが80歳を目前に制作した最後の作品だと知ります。

ヴェルディは生涯のうちで喜劇の作曲をしたのはたった2作品、成功を収めていたはずのウェルディが作曲した理由について「完全を求めていつも失敗してきた。だから、もう一度挑戦する必要があった。」と答えたのです。

ドラッカーは、著書「プロフェッショナルの条件」の中で「いつまでも諦めずに、目標とビジョンをもって自分の道を歩き続けよう。失敗し続けるに違いなくとも、完全を求めていこうと決心した」とビジョンの重要性を知るきっかけになったと記しています。

バリュー

バリューとは価値、価値基準のことです。

組織や企業に所属するメンバーにとっては価値基準が明確化されることで、将来(ビジョン)に向かうことができ、さらにミッションの実現につながります。

また行動基準になりますので、ミッションやビジョンよりも、より理解しやすい具体的な内容であることが求められるのです。メンバーは「自社の価値基準をもと行動する」ことなり、企業が与えたい価値を顧客に提供していきます。

日本企業の「ミッション・ビジョン・バリュー」を見てみよう

多くの日本の大企業が、企業理念や「ミッション・ビジョン・バリュー」を掲げています。有名企業の事例をご紹介しましょう。

日立グループ・アイデンティティー

・ミッション:“優れた自主技術・製品の開発を通じて、社会に貢献する”
・ビジョン:“日立は、社会が直面する課題にイノベーションで応えます。優れたチームワークとグローバル市場での豊富な経験によって、活気あふれる世界をめざします”
・バリュー:“和・誠・開拓者精神”
出典:日立企業情報 「日立グループ・アイデンティティ」

ミッションは、創業者である小平浪平の強い信念でもありました。

またバリューについては、創業以降100年以上の歴史の中で培われた精神、そして共通の目的をもって一致協力する「和」、社会的信頼を得るため誠実に事態に当たる「誠」、未知の領域でも独創的に取り組む「開拓者精神」です。

KIRINグループ事業理念

・ミッション:“あたらしい飲料文化をお客様と共に創り、人と社会に、もっと元気と潤いをひろげていく。”
・ビジョン:“日本をいちばん元気にする、飲料のリーディングカンパニーになる。”
・価値観:“● お客様にとってあたらしい価値●お客さまの安全・安心、おいしさへのこだわり●お客様・パートナー・地域とのWin-Win●熱意と誠意”

出典:KIRIN「グループ事業理念」

さまざまな価値観にあわせて、新しい価値を作っていくことがKIRINのミッションです。基本のビジョンをもとに、2012年には「キリン・グループ・ビジョン2021」という長期経営構想を策定しています。

ミッション・ビジョン・バリューのほかにブランドとしての約束「『飲みもの』を進化させることで、『みんなの日常』をあたらしくしていくこと。」も発表しています。

「ミッション・ビジョン・バリュー」以外はアウトソース可能の意味

ドラッカーの著書「ネクスト・ソサエティ」の中でミッション・ビジョン・バリューの確立が組織にとってもっとも重要で、それ以外の機能はすべてアウトソーシングをすることも可能と述べています。

「ミッション・ビジョン・バリュー」はいずれも社会的な理想に近く、ビジネスでいえば上位の概念です。リーダーは、理想を実現するためにミッションを考え、目指すべきビジョンとビジョンを達成するためのバリューを決めなければなりません。

3つの概念は、組織の存在意義そのものとも言え、それぞれを分離させることができないものです。そのため、外部の機関に任せるわけにはいかないものになります。

組織内でミッションビジョンバリューを共有し、経営を行なえば、それ以下の具体的な戦略(ストラテジー)は、その一部を信頼できる他者に実行を任せることもできるのです。

ミッション・ビジョン・バリューで生じやすい誤解

多くの企業は「ミッション・ビジョン・バリュー」や、同様の意味あいで企業理念を公表しています。ビジョンやバリューについて、大きなずれはないのですが、公表している「ミッション」に違和感を覚える企業もあります。

これは、「ミッション」の概念がそもそも日本になじみのないものだったことが一因でしょう。

ミッションは「使命」「役割」のことなのですが、もともとはラテン語から派生し、キリスト教の福音(多くの人に教えを広める使命)のことです。つまり、自分たちの組織がミッションを果たすことで社会全体を良くするという強い信念が必要です。

しかし、ミッションを単なる「自分(自社)が負うべき軽い役割」程度の意識しか持たない場合、ビジョンも意識の低いものとなります。意識の低いビジョンは、組織のメンバーの求心力にはつながらず、言葉だけがひとり歩きしてしまう可能性もあるのです。

「ミッション・ビジョン・バリュー」の下位「ストラテジー」について

ミッションの実現のためには、バリューとビジョンが必要であることは理解できたと思います。ビジョンとバリューを実現化するのに必要なのが具体的な戦略(ストラテジー)です。

具体的な戦略(ストラテジー)には「その組織にとって成果とは何か」を明確にし、求める成果と、成果のひとつである利益を求めるための計画を立てる必要があるのであり、戦略の結果が成果につながるという考えは捨てた方がいいでしょう。

「ミッション・ビジョン・バリュー」のゴールは?

ミッションを実現することは非常に困難なことです。ですから、その第一歩として戦略を立てながら、バリューを提示しつつビジョンの実現へと結びつけます。

つまり、ミッション・ビジョン・バリューの中では、ビジョンがひとつの目的であり、ゴールです。リーダーが明確でわかりやすいビジョンを示すことができれば、メンバーの行動や意欲が上がります。

その上で、組織内で大切にしている価値観を共有して目標であるビジョンの実現、ゴールへ向けて結束し活動できるのです。

最後にあらためて「ミッション・ビジョン・バリュー」とは?

「ミッション・ビジョン・バリュー」は日本人に近い概念でいいかえれば、社会的な使命に基き(ミッション)、チームで価値観を共有し(バリュー)、自分の組織が社会の中でのあるべき姿(ビジョン)に近づけることです。3つを分けて考えることも可能ですが、それぞれを柱に経営理念を築いていくことが重要になります。

(参照書籍:「プロフェッショナルの条件」「非営利組織の経営」「ネクスト・ソサエティ」)