ターンアラウンド・ノマドによる事業再生ストーリー第1回は、経営コンサルティングのキャリアからどのように事業再生へと踏み出したかについてです。

皆さんには「事業再生」という言葉の具体的なイメージにどんなものを抱いていらっしゃるでしょうか?一部の特殊な職種に就かれている方を除くと、イメージがしづらく、未知のところが大きいかと思います。

一方で、事業を再生するということに興味がある方も多くいらっしゃるでしょう。だから、三枝匡氏の「経営パワーの危機」「V字回復の経営」のような書籍が売れたのだと思います。

でも、実際に事業再生に関わる仕事に踏み出すには至らない場合が多いのではないでしょうか?
その一つの原因として、事業再生とは具体的にどんな仕事なのか、どういう経験や特性がある者が関われる仕事なのか、などが分からないことも挙げられると思います。

前編では、まず事業会社から経営コンサルティングへの転職について、新卒で入った大企業でどのような「焦り」を感じ、キャリアの転機が訪れたか、そのキャリアの入り口から振り返っていただきました。

そもそも、坂本氏はどうやって事業再生へと続くキャリアが構築されたのでしょうか。

社長目線ではなく、経営企画の立場での「事業再生の現場」

事業再生についての書籍は種々存在します。
ただし、多くは事業再生の主役である社長の視点で書かれていたり、ファイナンスや事業整理の視点で書かれていたりします。
それはそれで参考にはなりますが、「いきなりは無理としても、いずれは経営全体を請け負いたい」とか「社長という立場ではなくても、そこに近いポジションに就いて経験を積みたい」といった方にとっては、少し情報が不足しているのではないかと感じています。

私がこれからご紹介するのは、そんな方々の判断材料になることを意識した私の体験談になります。

私は事業再生企業において、社長職ではなく、経営企画や執行役員といった職を3社で合計10年ぐらい務めた経験があり、その最初の一社目の体験談です。
これまで私は同世代にしては思い切ったキャリアを辿ってはきていますが、いたって「普通の人」だと自覚しています。強烈な個性も、ましてやカリスマ性など微塵もありません。
私の話が、やる気と挑戦心のある「普通の人」たちの一助になれば幸いです。

SEから始めた社会人、大企業での「窒息」

私は私立大学の経営工学の学科を卒業し、一部上場企業に就職しました。
連結売上高は一兆円以上で社員も数万人の大企業です。そこの情報システム部門に配属されました。
情報システム系の職種を選択したのは、「会社全体をみられる」と人から教えられたことが一つの理由でした。大学での経営工学の選択もそうですが、この頃から「全体に関わりたい」という希望を持っていたのだと思います。

私は熱心に働いてはいたものの、入社して3年を経たあたりから言いしれぬ焦りを感じるようになりました。
今ではどうか分かりませんが、当時の情報システム部門の地位は低く、とてもではないですが「会社としてこうあるべき」という仕組みの構築には至らず、利用部門の下請け的な立場で言われるままの開発をすることが多いのが実態でした。

今思えば、所属していたシステム部門は、部署としてそんな立場を自己正当化する理屈を並べ、自尊心を必死で保とうとしていたのですが覆い隠せるほどではありませんでした。
深夜、一緒に帰宅した上長に、青臭い私はそんな立場の弱さや理想を追求できないもどかしさを訴えることもありました。でも、どうにもなりません。都度、「そもそも論」を持ち出す未熟な私を先輩方は諭します。多くの場合、「仕方ないよ」という言葉を付け添えて。

この「仕方ないよ」が、嫌になって仕方ありませんでした。本当に「仕方ない」のか?このままでは私は何も得られずに過ごすことになる、とか、会社全体としてやるべきことがあるのに何もできない、といった焦りがどんどん募ります。
今となっては何故か分かりませんが、この焦りは強烈でした。

「コンサルティングファームへの転職」というソリューション

そんな頃、あるシステムの開発で一緒に関わっていただいている大手SI企業にいる同世代の方と昼食をご一緒しました。聞くと、その方は近いうちに退職するとのこと。理由を聞くとあるコンサルティング会社への転職でした。その人の転職する理由や、転職先企業の事業内容に私はとても強く刺激されました。

この時代では珍しくないでしょうけど、当時在籍していた大企業の社員としては衝撃的な「ソリューション」でした。この方から言われたのは、「転職するかしないかは後で考えるとして、人材紹介企業に行ってみてはどうですか?」でした。

そこから私の面談ラッシュが始まります。
その楽しいこと。勿論、落ちることもありますが、各企業でのお話が新鮮でもの珍しかったのです。忙しい合間を縫って、興味があるところは片端からアプローチしました。大企業、中堅企業、小規模な事業会社、コンサルティング会社など、色々でした。

全体をみたい、というのが私の希望でしたが、いわゆる戦略コンサルティング会社は外していました。経営的経験が全くなく、「Up or Out」と言われるその文化に恐れをなしていたのです。当時、その大企業から通常の転職するような人はほぼ皆無で、事例も体験も聞くことができなかったこともあると思います。
結果として、やや折衷案のIT系/業務系のコンサルティング企業に転職しました。大企業に新卒入社してから4年半が経過していました。

後編では、戦略コンサルティングファームへの転職、そしてコンサルティングの現実、プライベートエクイティファンドの投資先である事業再生へと続きます。

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専門家:坂本 純一郎

事業再生専門家。大手総合化学メーカーに新卒入社、IT系コンサルティングファーム、戦略系コンサルティングファームでコンサルタント職を経験。その後、建材業を皮切りに、大手小売業、フランチャイズ展開企業などPEファンド出資先の経営企画本部長、営業部長、人材開発本部、執行役員等を歴任し、合計10年の事業再生経験を積み重ねた。
現在は独立し、事業会社のコンサルティングや事業推進サポートを行っている。

ノマドジャーナル編集部

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