ターンアラウンド・ノマドによる事業再生ストーリー第3回は、経営コンサルティングから事業再生へと踏み出した筆者、事業再生専門家がみた「事業再生の現実」です。

筆者が初めて手掛けた再生に陥った企業の当時の雰囲気や、出資したファンドがつれてきた米国のMBA資格を持ち、外資系企業のCEOを務めた「プロ経営者」がどのように機能しているのか、生々しく語られています。

プロ経営者の実行した施策とは、そしてその結果はどうだったのでしょうか。

「事業再生の現場」:第2回 PEファンド投資先でみた事業再生の現実はこちら

わずかに残っている優秀な社員

10年間の赤字、暗い社内の雰囲気、転げ落ちたシェアなどに追い打ちをかけるような新製品の悲惨な販売状況。それまでコンサルティングで関わっていた企業には、そんなところは基本的にはありません。コンサルティングフィーはかなり高いですから、それなりに資金がある企業でないと依頼できないからです。ここまで状態の悪い企業に関与するのは初めてでした。これといった「武器」も見当たらない。多額の広告宣伝のため、なけなしのお金も底を突くに近い状態。どこから手を付けて良いのか、と考え込んでしまうような状態でした。

そんな中でも、あれこれ話を聞いたり、調べたりしていくと全く悪いことばかりではありませんでした。

まず、社員です。既に書いたとおり、或いはよく言われるとおり、優秀な社員は大部分がもう辞めてしまっています。でも、全てではないのです。

我々はプロジェクトチームに配属されていたのですが、ここに専任となっていた2人の社員が前向きで優秀でした。私はコンサルティングをしていたこともあり、何か施策を作ったり実行したりする前に、何しろ情報を得て考えることをしないと動きにくいのですが、この2人の社員が社内のことや事業のことをよく分かっているので、情報源として大変重宝しました。1人は営業畑、もう1人は生産畑の出身です。もともとポテンシャルを秘めていた人材だったと思います。的確に質問できれば的確な情報が返ってきますし、質問自体がヒントになって更なる情報の上乗せをしてくれたり、提案を付け添えてくれたりもするようになりました。

この2人が起点になってくれたおかげで、社内の各所にいるキーマンとのコンタクトができるようになりました。片端からヒアリングという名目で様々な社員と会っていきました。そして、僅かながらも残っている良い人材を発見していくことになります。

「武器」は何か?競合との距離の把握

起点になった2人が上級管理職ではなかったのが良かったのかも知れません。現場に近いところにいた2人であるためか、「上級管理職への報告上手」ではなく、本当に現場でパフォーマンスを上げているとか、前向きで改革意欲があるとか、部下からの信頼が厚い、といった人材を知った上でヒアリングに繋げてくれたわけです。こうして、貴重な人材の在処と重要な情報や起死回生のヒントになるような情報を突き止めていきました。

こういうヒアリングの中で全く武器がないというわけではないことを知りました。例えば、競合が一つの看板にしている商品と遜色の無い商品があったのです。いや、実は競合が開発したというより、A社が開発した商品でした。

割愛しますが、妙な経緯があって版権を過去に安売りしており、販売力が強い競合がA社の10倍(!)売っているという状態だったのです。これは、売り方とか訴求方法によってはもっと売れる可能性があるということです。さすが、かつてのトップメーカーだと感じることもありました。競合についての情報も浮き彫りになっていきます。A社との差も明らかになって、競合の遠い背中を感じつつも、その距離は確実に把握できるようになっていきました。

新製品ショック、信頼を失った社長

そんな状態で私は「再生プロジェクト」に意識がいっていました。

ですが、傍らで「新製品ショック」はもともと弱体化していたA社を更に痛めつけていました。ファンドが据えた自信家のB社長は、古くからの販路(代理店など)を蔑ろにするような発言を連発していたこともあり、資金繰りが逼迫しただけでなく、一部の販路からの信用も失ってしまいました。それでもB社長の強気は収まりませんし、現場に対しての的外れな指示や頭ごなしの指示は相変わらずでした。ただ、新製品が全く売れず、経営状態が悪化したことでB社長はさすがにかなり焦ってきていました

新参者で経営企画室長だった私、管理本部長だったCさんには、営業も生産も色々と話をしやすいらしく、B社長を何とかして欲しいという陳情が沢山寄せられていました。感情面だけなら我慢していただくのですが、何しろ社長としての指示が間違っているとしか思えないものを連発するB社長です。資金繰りが危なくなり、ボーナスも出ていない中で社員に頑張ってもらわないといけないところですから、B社長がこのままでは困ります。

このとき、私と管理本部長のCさんは、収集した情報が的確であり、意見や提案もまともにみえたようで、既にファンドからはだいぶ信頼を得ている状態でした。そこにB社長の「弊害」がだいぶ表面化してきていましたので、ファンドからもB社長のことについて色々と相談をされるようになっていました。ファンドもA社が一号案件で分からないことも多く、ややまともに会話ができ、現場情報を把握している我々を重宝したはずです。

社長の交代劇。工場長を社長に?

B社長の評判は更に悪化しており、経営陣や管理職も含めて社員からの信頼はほぼなくなっていました。当然、会社は良化しません。焦るB社長は思い付きの指示を出し、それが社員の反感を買います。悪循環でした。

どう考えても、B社長では無理でした。私やCさんは十分な根拠を揃えて、ファンドに社長交代の提案をしました。
ファンドも同じ事を考えていたようです。ですが、後任に適切な人材がいないことと、自分たちで据えたB社長を外すという「任命責任」の問題が引っかかっていたようです。後者の問題は飲み込めば済みますが、前者の人材はそうはいきません。

ファンドと我々が苦慮の末、導き出した答えは「工場長を社長にする」でした。この工場長(Dさんとします)は、会社全体をみたことは当然ありませんし、営業を管理したこともありません。マーケティングや企画についても素人です。ですが、年齢、雰囲気、胆力的なところから、Dさんを社長にすることで決定したのです

Dさんは、工場長のころから私や管理本部長のCさんとの関係は良好でした。そして、自分たちの父親の方が近いぐらいの年齢の方でしたが、もの凄く素直というか謙虚で、分からないことは全て我々に聞いてきました。

Dさんが社長に就任し、暫く付き合ってから我々が改まって言われたことは「全てあなた方を信頼し、言われたように動くから、そのつもりでやっていきましょう」でした。

ここから我々は、まさに「自分が社長になったつもりで行動する」という立場になったのです。

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専門家:坂本 純一郎

事業再生専門家。大手総合化学メーカーに新卒入社、IT系コンサルティングファーム、戦略系コンサルティングファームでコンサルタント職を経験。その後、建材業を皮切りに、大手小売業、フランチャイズ展開企業などPEファンド出資先の経営企画本部長、営業部長、人材開発本部、執行役員等を歴任し、合計10年の事業再生経験を積み重ねた。
現在は独立し、事業会社のコンサルティングや事業推進サポートを行っている。

ノマドジャーナル編集部
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