前回の記事では、組織における活動の拠り所となる最上位の概念が経営理念(ビジョン・ミッション・バリュー)である、という説明をしました。今回は経営理念と組織人事戦略・施策の関係について解説します。

組織や人事の悩みは、突き詰めると多くが「経営理念」にいきつく

組織や人事に関する悩みというのは各社各様で、どの時代、どの業界でも尽きないものです。特にベンチャー・成長企業の経営者においては、人の悩みは意外と多くのマインドシェアを占めています。私は「組織人事ストラテジスト」として、さまざまな経営者・人事責任者から組織・人事に関わる事柄を中心に経営相談を受けている立場なので、特にそう感じます。

具体的な悩みの中身は、「良い人が獲れない」、「ローパフォーマーの処遇をどうしよう」、「若い人がすぐに退職して定着しない」、「売上を伸ばすためにインセンティブの仕組みを変えてみたい」、「自分の分身となる管理職がなかなか育たない」といったようなものです(他にもいろいろあります)。

そのような悩みを相談された時に、私はお伺いします。「その事象が起きている原因は何ですか?」「その施策をやるか、やらないかを判断する基準・根拠は何ですか?」「そもそもあなたの組織は従業員に対してどのような価値を与えようとしているのですか?」と。明確な説明を相談者から受ける事は多くありません。なぜなら、これまでそのようなことを考えたことも無かったし、気にしたことも無かったからです。

「なぜ」を繰り返し、悩みの原因や物事の判断基準・優先順位を突き詰めていくと、最終的には「そもそも貴社の経営理念は何でしょう?」「それを従業員は(組織の望むような形で)理解していますか?」という根本的な話にたどり着きます。上記の質問に答えられなかった方たちはそこで、「そもそも自社がよって立つ経営理念がはっきりしていない」こと、そして「それがゆえに様々な悩みごとが起きている」という関係性に気付くのです。

経営理念とは「北極星」である

経営理念が大事だと知っていても、「うちには関係ない、そんなものが無くても組織は回るよ」と社長は考えていたり、それらしい経営理念を誰かに作ってもらい、自社のウェブサイトや会社案内のパンフレットに載せるだけで満足し、従業員に経営理念について尋ねても誰も満足に答えられないといった事は(残念ながら)よくある光景ですね。

冒頭で触れた通り、経営理念(ビジョン、ミッション、バリュー)は、その組織が存在・存続する目的・価値(感)を説明します。組織が活動するための方向性を示すものであり、全ての活動の根拠、拠って立つところです。かつて夜空に輝く「北極星」が航海の際に方角を知る目印となったように、自社が方向性を間違えずに正しく成長するための道しるべ、目印が経営理念なのです。

経営戦略や経営理念に基づかない組織文化や人事施策など、あってはならない

経営理念の下に、(一定期間における)目標と優先順位を示す経営戦略があり、これらの理念・戦略を実現するために強い組織をいかに作り、維持していくかの目標と優先順位を示すのが組織(人事)戦略であると、前回の記事でご説明しました。そして、この戦略に基づき、優先順位とリソース配分が行われ、各種人事施策を実施するのが本来あるべき姿です。

言い換えると、経営戦略や経営理念に基づかない組織文化や人事施策など、本来あってはならないのです。ところが、多くの組織の実態を見ると、「あってはならない」状況は珍しくありません。経営者の思い付きや、人事担当者の思い込みで施策を実施したり(しなかったり)というケースは残念ながら極めてよくあることです。そしてそれが、経営者と人事責任者が悩む課題が発生する理由・原因なのです。

どのような経営理念をつくればよいのか?ビジョン、ミッション、バリューとは

では、組織(企業)は、いったいどのような経営理念を作ればよいのでしょうか。「経営理念」という枠組みと、そこで表現されるビジョン(Vision)、ミッション(Mission)、バリュー(Values)といった項目の定義は人により異なるのですが。私は以下のように定義しました。

  • ビジョン:組織が目指す、あるべき「社会」の姿
  • ミッション:ビジョンを実現するために、「組織」がどのように社会に貢献するか
    (なにを行動するか)
  • バリュー:上記を実現するために従業員「個人」一人ひとりが持つべき価値観

これは、「ビジョン→社会、ミッション→組織、バリュー→従業員個人」というフレームワークで整理したものです。多くの組織では、創業者が自身の熱い想いを明文化し、それが組織の理念になることが多いかと思います。その理念で3つの項目が過不足なく表現されていなければ、抜け漏れがあり経営理念としては不十分です。従業員などのステークホルダーに対するメッセージが弱くなり、伝わりづらく、または誤解されたりする危険性が増します。このような際にも、余計な雑音、意図しない誤った解釈が入らないよう、本来伝えたいメッセージをまっすぐ伝えるために、「ビジョン、ミッション、バリュー」のようなフレームワークを使って経営理念をチェックし、見直すことは有効です。

そして、そのように作った自社の経営理念は、従業員や採用の応募者にとって、他ではなくこの組織で働き(続け)たい理由となります。経営理念により「組織の魅力」をいかにうまく打ち出し、従業員や応募者の共感を得ることが出来るかが、今後の組織の成長に大きく影響していきます。「組織の魅力」≒「経営理念」をいかに従業員と採用対象者に伝えるかが、組織の発展・成長にとって非常に大事になります。

従業員にとって他に代えがたい「お金ではない価値」とは

もちろん、崇高な経営理念(らしきもの)を謳ってそれに賛同する従業員を集めつつ、従業員にはリターンを十分に返さないで使い捨てるのであれば、それはまさに「ブラック企業」です。そのような組織では優秀な人材を集めることは難しいし、もし入社してもすぐに辞められてしまうでしょう。十分な報酬は「衛生要因」として必要です。しかし、これに加えて「成長の機会の提供」などの、「うちの組織で働くと(他社と違って)何がよいことがあるのか」を明示することは非常に重要です。

「うちは他より多く給料を出します」というやり方もあるでしょう。でも、それだけが訴求要因であれば、他の会社がそれ以上の給料を出せば従業員はそちらに行ってしまうし、それが正しいという理屈になります。そうではなく、自社に素晴らしい経営理念があり、従業員がその理念に強く共感して働くことができれば、その従業員にとって他に代えがたい「お金ではない価値」と言えますし、組織にとっては自らが打ち出した経営理念に理解し、共感した上で採用に応募してくれるようになれば、定着率の向上や優秀な人材の採用にも繋がっていきます。

小手先の施策よりも、まずは経営理念を

とはいえ、そもそも自社の経営理念など無い、またはあっても形骸化してしまって意味が無いということも少なくないと思います。そうした組織のトップには、「現状の問題に対して小手先の施策を考えるよりも、まずはご自身と経営幹部で自社の経営理念をしっかりと考え、決めて下さい。」と私はアドバイスしています。その組織が正しい方向に進むために、まずは北極星がどこにあるのかを見定めるのです。「間違った方向に正しく進む」ことのないよう、これは組織の成長段階の出来るだけ早いうちにやっておくべきです。早ければ早いに越したことはありませんが、一方で遅くなったとしても手遅れにならないうちに早急に手を付けることを強くお勧めします。

専門家:新井 規夫(組織人事ストラテジスト)
新卒入社の大手ホテル業で給与・労務等人事の基礎を学び、急成長ベンチャー2社で管理部門全般(財務/経理/人事/総務)を担当。そこで感じた問題意識から慶應MBAに進む。在学中にCanadaのTop MBA, Richard Iveyに交換留学。2006年に楽天に入社し、人事評価・報酬制度の全面刷新(人材戦略室長)、買収した赤字通信子会社のPMI/事業再生(経営管理/人事部長)、二子玉川への本社移転PJ立ち上げ、CSR推進、Asia地域の人事統括(Singapore駐在)等を歴任。「ベンチャー・成長企業」「組織・人事・経営管理」をキーワードに、「成長の痛み」を未然に防ぎ、企業の健全な成長を加速させることを使命とし、2014年より独立し、複数企業の人事アドバイザリーとして活動中。

ノマドジャーナル編集部
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