なぜ従業員は他社でなく、あなたの会社で働くのか?

会社勤めの方々に質問です。

「なぜあなたは、他の会社ではなく今の会社に勤めているのでしょうか?」

おそらく、「給料が良いから」「安定しているから」「仕事にやりがいがあるから」「同僚たちとの人間関係が良いから」「よそで雇ってもらえる自信が無いから」「なんとなく」などの答えが返ってくるでしょう。もちろん、答えは人それぞれ異なって当然です。

経営者の方々にも質問をしてみましょう。

「なぜ貴社の従業員はあなたの会社で働いているのですか?」「あなたの会社は従業員に対してどのような価値を与えようとしているのですか?」

この質問は、従業員がその会社で働くことで、他の会社では得られないどのようなメリットが有るのか(または無いのか)を経営者に問うています。あらゆる組織、企業において、「いかに優秀な人材を集めるか」は永遠の課題であり、経営者の悩みのはずです。ゆえに、自社にどのようにして人を惹きつけるのか、欲しい人材に振り向いてもらうために何を考え何をすべきかについて、経営者は真剣に考えるべきです。ところが、前々回の「経営理念」の記事でも触れたように、この質問への明確な答えは、経営者の方々からなかなか返ってこないというのも現実です。

人を採用するためには、給与・賞与・福利厚生などの直接的な報酬条件に加え、「他社にないどのような価値を従業員に提供できるか」≒「この会社で働くべき理由」を採用の際に提示し、候補者に入社の可否を判断してもらうべきです。そして、その「理由」は、「お金(高い給料等)」のように他社が容易に真似できるものでなく、利他的な「大義名分」による差別化が必要である、と私は考えます。

それを私は「CSR採用」と呼んでいます(私の造語です)。

CSRの定義。事業活動を行う結果として社会に良い影響を与える

簡単におさらいしますと、「CSR」とは、”Corporate Social Responsibility”の略語です。ウィキペディアによればその意味は、「企業が利益を追求するだけでなく、組織活動が社会へ与える影響に責任をもち、あらゆるステークホルダー(利害関係者:消費者、投資家等、及び社会全体)からの要求に対して適切な意思決定をすること」とされています。

言い換えれば、企業は自社の金儲けだけでなく、社会に対して良い影響を与える責任があるということです。一般にCSRイコール「本業とは別に行う社会貢献・慈善活動」というイメージがあるようですが、企業が本業の事業活動を行う結果として社会に良い影響を与えること自体が、CSRの範疇に含まれるのです。

CSR採用とは。独自の大義名分とストーリーによる差別化

CSR採用とは、「その企業がその事業活動において実現しようとしている社会貢献を大義名分として採用活動を行うこと」である、と私は定義しました。この「大義名分」は、目指す社会の姿とその実現に自社がどのように関わっていくかという、経営理念における「ビジョン」「ミッション」に当たる部分であり、多分に利他的な要素が含まれます。会社により示された利他的な「ビジョン」「ミッション」に強く共感することで、応募者は他でもないこの会社で働きたいと思えるようになるのです。

ここで言う大義名分は、会社にとっての「将来のありたい、目指す姿」であり、現時点でそれが実現されていなくても全く問題はありません。むしろ、今は出来ていなくても経営者がそれを強く願い、真剣に目指す姿を示すことが大事です。経営者の想いが中途半端で大義名分の形だけを整えても、本気度は従業員や採用候補者に伝わり、すぐに見透かされてしまいます。

もし、「大義名分」が他社と異なる独自のものであり、かつそこに「説得力のあるストーリー」があれば、それが応募者にとって「あなたの会社」でなければならない、他社との差別化のポイントになり得ます。特に、選択肢の多い優秀な応募者ほど、そのような「大義名分」が重要になります。

彼ら彼女らは、優秀であるがゆえに引く手あまたであり、自らの意思で選べる選択肢が多い人たちです。そのような人ほど、入社の決め手となる、「他ではなくこの会社でなければならない理由」を求めます。そして、説得力のある大義名分は、候補者本人に決断させる強い理由付けとなるのです。

一方で、「ありたい、目指す姿」を目指すことで従業員がどのように報われ、個人的にどのようなメリットがあるかを示すことも同時に重要です。経営理念は立派でも、会社が従業員に一方的な犠牲的奉仕を強要し、十分な見返りを与えないのであれば、その会社こそが「ブラック企業」です。そのような会社では多くの従業員は疲弊し、「自分たちは搾取されている」と経営者に対して不信感を強め、会社を恨んで退職していきます。そうならないためにも、他社に引けを取らないレベルの報酬水準は、「衛生要因(不足すると不平・不満につながる要因)」への対処として最低限必要です。

CSR採用のために必要な「大義名分」とは

では、CSR採用のための「大義名分」として、どのようなメッセージを会社は発すればよいのでしょうか。

私は「顧客視点」がポイントだと考えます。会社の都合だけでなく、応募者が他の会社でなくその会社で働くことによるメリット(本当のことです。ウソではいけません)を明確に打ち出すのです。そのメリットはごく一部の人にしか響かなくても構いません。その一部の人たちが強く共感し、意欲の高い人が応募してくれるスクリーニング効果を期待するのです。

例えば、「業務多忙、事業拡大により増員します」というのは、会社側の都合しか語っておらず、応募者側のメリットが見えないのでメッセージとしては不十分です。ベンチャーの場合には「ストックオプションが期待できます」といって誘う場合もあるでしょうが、ストックオプションは金銭的報酬の一種であり、「お金」で釣っているのと実質的に意味合いは変わりません。金銭的報酬は「衛生要因」であり、足りないと不満の原因にはなりますが、解消されてもプラスαのモチベーションにはなりません。また、「裁量があります」「成長できます」というメッセージは、意識が高そうで(?)何となく良さそうですが、これも結局他社と比べてどちらがより裁量があり、成長ができるかという相対比較の話になってしまいます。他社と相対比較ができるような理由・動機は、他社の条件が上回った瞬間に「貴社に行かない理由」に変わってしまいます。

差別化された「大義名分」とは。星野リゾートの例

差別化された「大義名分」の手本となりそうな事例は、例えばこのようなものです。

軽井沢の老舗旅館からリゾート・旅館の再生事業に参入し、今では日本全国で多くの高級リゾートホテル・旅館を展開している「星野リゾート」
は、だいぶ以前、今のように有名になる前からずっと「リゾート運営の達人」という経営ビジョンを掲げてきました。このフレーズは、従業員自身が「自分もリゾート運営の達人になる」ことを容易にイメージできる秀逸なメッセージです。
そして、この「大義名分」に共感して入社したスタッフたちの成長と活躍がその後の同社の快進撃を支えたのだとすれば、CSR採用をやってみる価値がありそうだと思いませんか?

ポイントは、そもそも組織が存在・存続する目的・価値(感)を表す経営理念が存在すること、加えてその理念が貴社と他社の違いを際立たせる、差別化されたものであり、かつ応募者にとってメリットを感じさせることです。これらの要件が揃って初めて、「CSR採用」という手法が可能となるのです。

このように、自社の「理念」または「大義名分」は、採用に際して非常に強力な武器であり、かつ他社との差別化要因としても有効です。しかも、理念を決めるのにはお金は掛かりません。一旦理念が明確化されれば、それが経営者と従業員にとって日頃の行動の拠りどころとなり、星野リゾートのような「予言の自己成就」も期待できるようになります。

いかがでしょう、貴社でも、堂々と「大義名分」を掲げて、CSR採用を行いませんか?

専門家:新井 規夫(組織人事ストラテジスト)
新卒入社の大手ホテル業で給与・労務等人事の基礎を学び、急成長ベンチャー2社で管理部門全般(財務/経理/人事/総務)を担当。そこで感じた問題意識から慶應MBAに進む。在学中にCanadaのTop MBA, Richard Iveyに交換留学。2006年に楽天に入社し、人事評価・報酬制度の全面刷新(人材戦略室長)、買収した赤字通信子会社のPMI/事業再生(経営管理/人事部長)、二子玉川への本社移転PJ立ち上げ、CSR推進、Asia地域の人事統括(Singapore駐在)等を歴任。「ベンチャー・成長企業」「組織・人事・経営管理」をキーワードに、「成長の痛み」を未然に防ぎ、企業の健全な成長を加速させることを使命とし、2014年より独立し、複数企業の人事アドバイザリーとして活動中。

ノマドジャーナル編集部
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