今回のテーマは、「研修」です。企業・組織を継続的に成長させるために必要な要素として、従業員などの組織メンバーをいかに育成するかが重要なポイントであることに反対する人はあまりいないでしょう。そして、通常は人事部門・担当者がその主導を期待されます。
OJTか、OFF-JTか?効果的な研修とは
従業員(時には役員も)を育成し、成長を促進させる教育訓練の手段として「研修」は位置づけられます。OJT(On the job training)とOff-JT(Off the job training)という言葉は皆さんも聞いたことがあると思います。前者は、日常勤務する職場の中で、上司や先輩などの指導を受けながら、自身に与えられた業務を通してスキルや経験を習得し成長するプロセスを指します。後者は、日常業務とは離れ、別の時間・空間において実施されるものです。「研修」とは後者のことを言います。
旧来より、OJTとOFF-JTのあり方、関係については様々な議論がされてきました。一般に従業員の成長に与える影響の大きさは、Off-JTよりOJTの方がはるかに大きいとされています。そのため、「Off-JTの研修をやっても無駄だから、自社ではOff-JTは行わず、もっぱらOJTのみでやっているよ。」という経営者の方たちも少なからずいらっしゃいます。
OJTか、OFF-JTか?効果的な研修とは
しかし、よく考えてみれば分かりますが、そもそもOJTとOff-JTでは費やされる時間が全く異なります。大ざっぱな計算ですが、年間1人あたりの労働時間が2,000時間だとして、OFF-JTに費やされる時間は多くてもせいぜい数十時間、割合で言うと多く見積もってもせいぜい2~3%というところではないでしょうか。残りの97~8%の全てがOJTの時間とは言い切れませんが、少なくともOFF-JTの時間よりはるかに多いのは確実です。つまり、費やす時間当たりの効果で考えれば、OFF-JTはOJTと比べても十分に「割に合う」のです。
そうなると、「研修」はぜひとも行うべきだという話になります。対象が数十名程度の規模の組織であれば、例えば人事担当者が業務の一部として研修の企画・実施を担当することになるでしょう。対象規模が大きくなれば、専任の研修担当者が付くようになります。さらに対象が数千、数万の単位となると(大企業ですね)、人事部門の中に研修の企画・実施を業務とする専門の教育研修担当部署が設置されます。また、予算として「従業員1名あたり〇○万円」「売上または利益の〇%」といった指標を使い、教育研修の予算を確保したりします。
学校教育とは異なる、企業研修の目的
ここで気を付けなければいけないのは、企業における研修の目的を忘れないことです。それは、研修を実施することで従業員が何かしらの「学び」「気付き」を得て、日々の業務にそれを活かした結果(アウトプット)として最終的に「企業の価値を増大」させることです。「卒業の資格を得ること」が目的であり、そのために「カリキュラムを受けること」=インプットが重視される学校教育とは目的や狙いが全く異なるのです。
皆さん自身の研修の経験を振り返ってみてください。過去に社内外で参加した研修で学んだことの何%を覚えていますか?ゼロとは言わないまでも「内容についてはほとんど覚えていない」という方がほとんどではないでしょうか。「研修で学ぶこと」など、おおよそその程度のものなのです。特に、人間は受け身で教わったことは覚えていません。
研修とは、料理における調味料のようなもの
肝心なのは、研修によって参加者がいかに「気付き」を得るかです。学んだ事自体ではなく、これまでの姿勢を改め、今後の自分と会社のために継続的に学習していかないといけないという自覚を持たせ、「スイッチ」を入れることが研修の目的なのです。
例えるなら、「研修」とは、料理における調味料の役割なのではないでしょうか。美味しい調味料(塩、胡椒、醤油、ポン酢、またはナンプラーやサンバルソースでも、お好みの調味料をイメージして下さい)が加わることで、味気ない食事(日々の仕事からの学び)の美味しさ(意味合い、改善点)が引き出され、より沢山食べる(多くを学び、改善活動に繋げる)ことができるのです。
ところが往々にして、「研修担当部署の維持存続」という組織防衛が目的であるかのように、予算の獲得・確保や研修企画が行われ、研修が実施されたこと自体で良しとする、または、研修後の参加者アンケート結果(満足度調査が高かった!)で満足してしまう場合があります。これではそもそもの研修の目的は果たされません。
「研修の実施人数」「1人あたり費やした金額」「事後のアンケートによる研修への満足度」などの指標は、研修担当者の自己満足(私はよく「やった感」と表現します)でしかありません。また、「従業員に研修をやってあげた」事は、福利厚生としての意味合いはあってもそれ以上のものでありません(費用対効果でいえばもっと良い使い道があると思います)。
研修の実施はあくまで手段に過ぎませんから、あくまで経営戦略、組織・人事戦略の一環として、研修内容と予算の優先順位といった「教育研修戦略」が決められ、それに従い研修を実施し、実際に企業価値の増大に繋がっているかを検証すべきです。
「水辺に馬を連れていくことができても、水を飲ませることはできない」研修の目的
「企業内学習入門」(シュロモ・ベンハー著)という本によれば、知識を蓄積しスキルを獲得すること自身が企業内学習(研修)の目的ではなく、「人々の行動を変え、彼らが企業に価値をもたらすように仕向けることなのである。」としています。学んで終わりではなく、いかに学んだことを応用し、行動を変化させるか、かつ、その行動を継続させるかが求められているのです。
「水辺に馬を連れていくことができても、水を飲ませることはできない」ということわざは、よく例えにされます。「研修の実施」とは、水辺に馬を連れてくることです。これが研修に求める最低限のニーズです。でも企業にとっては、馬が水を飲んでくれないと(=従業員が主体的に学び、成長し、業務レベルが上がる)困る訳です。
だからこそ、いかに「水を飲む気にさせるか」が研修担当者の腕の見せ所ではないでしょうか。極論すれば、研修のただ一つの目的はそこにあるのだと私は考えます。意識が変わり、行動が変われば、こちらから執拗に働きかけなくても、従業員はみずから必要と考える学習を継続して行っていきます。そうなればしめたものです。
行動変容について。研修それ自体よりも、むしろ職場環境が大事といった話も
行動変容については、医療の世界で詳しく研究されているようです。例えば生活習慣病の患者さんに日頃の生活習慣を変える決意をどうやったらしてもらうかという試みです。この辺のアプローチは人事担当者、研修担当者にも参考になる部分は多いのではないかと感じます。
先ほど取り上げた、「企業内学習入門」では、変化した行動を継続させるには、研修それ自体よりも、むしろ職場環境(コンテクスト)が大事といった話もあります。周りが足を引っ張らず、変化に対して寛容であるかどうかも大事ということですね。教育研修を司る担当者の方は、そこまで周到に準備・配慮を行うべきです、ということですね。
新卒入社の大手ホテル業で給与・労務等人事の基礎を学び、急成長ベンチャー2社で管理部門全般(財務/経理/人事/総務)を担当。そこで感じた問題意識から慶應MBAに進む。在学中にCanadaのTop MBA, Richard Iveyに交換留学。2006年に楽天に入社し、人事評価・報酬制度の全面刷新(人材戦略室長)、買収した赤字通信子会社のPMI/事業再生(経営管理/人事部長)、二子玉川への本社移転PJ立ち上げ、CSR推進、Asia地域の人事統括(Singapore駐在)等を歴任。「ベンチャー・成長企業」「組織・人事・経営管理」をキーワードに、「成長の痛み」を未然に防ぎ、企業の健全な成長を加速させることを使命とし、2014年より独立し、複数企業の人事アドバイザリーとして活動中。
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