「ダイバーシティ」、または「ダイバーシティ・マネジメント」という単語を近頃よく聞くようになりました。英和辞典で”diversity”を引くと、「多様性」「相違」「さまざまの」という意味が出てきます。それだけでは今ひとつ意味がよく分かりませんので、企業経営における「ダイバーシティ」の意味について改めて確認しましょう。

「ダイバーシティ推進」のトレンド

「ダイバーシティが大事らしい」ということは、近頃なんとなく共通認識になりつつあるようです。

「ダイバーシティ推進」を謳う会社は最近とくに大企業で増え、ここ数年で「ダイバーシティ推進室」といった部署も多く新設されているようです。(Googleで「ダイバーシティ推進室」と検索すると、いろいろな大企業が出てきます)。

では、ダイバーシティとは何ですか?と聞かれてきちんと説明を出来るかというと、「あまり自信がないなあ」という人のほうが多いのではないでしょうか。

女性活用のみにとどまらない、「ダイバーシティ」の対象範囲

よくありがちなのが、「ダイバーシティ」≒「女性活用」と限定する認識です。女性活用はダイバーシティ推進の一部であることは間違いなのですが、ダイバーシティという言葉が意味する範囲はもっと広いのです。
例えば、国籍、人種、宗教、LGBT(レズビアン、ゲイ、バイ・セクシャル、トランスジェンダーなどの性的少数者)なども対象に含まれます。

要は、何らかの属性が少数者(マイノリティ)である人がグループの中で存在し、その人達がその少数性によって差別されたり、処遇等の不利を受けない状態が、「ダイバーシティ」が最低限実現された組織であるということになります。今の日本では、たまたまその中で性別が一番大きな問題として注目されているということなのです。

グローバル化によって日本でも「ダイバーシティ・マネジメント」が必要に

ところが、グローバル化の進展により、日本においても「ダイバーシティ・マネジメント」の対象をより広く(本来の意味で)捉える必要性が高まっています。日本企業が海外に進出し、現地のスタッフをマネジメントしたり、逆に日本人が多国籍・多文化のメンバーが混じり合うグローバル企業で働いたり、さらには日本企業の日本国内の事業所に外国人が多く働くようになるという事が、これからもっともっと当たり前のことになってきます。違う人種、国籍、宗教、文化等のバックグラウンドを持つ人達と、仲間として一緒に働く必要がこれまで以上に出てきます。

例えば私が以前に勤めていた会社では、オフィス内にイスラム教徒社員のために礼拝スペースを設けたり、ベジタリアン社員向けの食堂メニューを用意したりという対応を取っていました。このような措置も「ダイバーシティ・マネジメント」の範疇に入ります。

少数派に「同調圧力」をかけず、価値観の違いを許容していく

一方で、やってはいけないのは、少数派の社員に対して「同調圧力」を掛けることです。

我々は「前から決まっているルールだから」「会社の方針だから」といって様々なことを無意識に強要しがちです。しかし、我々にとって当たり前のことでも、少数派の人達にとって許容し難いこともあるという事は、意識的に認識する必要があります。そして、意識的・無意識的に強要している「ルール」「振る舞い」「儀式」が組織にとって本当に重要かつ必要不可欠かどうかを改めて検討し、見直さなければいけません

多数派の人達にとって、自分たちが当然と思っていたことを拒否されたり、変えなければいけなくなることは、当然抵抗感があります。例えば、上記の礼拝の話でいえば、他の社員たちにとってはそのようなスペースは必要でないし、礼拝の時間に職場から抜けられる事を快く思わない人もいるかもしれません。

しかし、そのようなことを許容することが「ダイバーシティ・マネジメント」なのです。お互いの価値観の違いを認識し、許容すること、言い換えれば「不愉快さ」を受け入れることが肝となります。ルールを決める(維持する)なら、「暗黙の前提」は無いものとして、その意味と理由を論理的に一から説明できないといけません。「気に入らないからダメ」「ダメなものはダメ」では駄目なのです。

多数派の人々にとっては、これは頭でわかっていても感覚的に受け入れ難いものがあります。そもそも説明の手間が増えるだけでも面倒です。一人ひとりにしてみれば、現状の環境が安定・維持されるのが最も快適であり、それをかき乱す少数者の存在は感覚的にネガティブになりがちです。

「ダイバーシティ・マネジメント」の推進はトップダウンで

よって、「ダイバーシティ・マネジメント」の推進は、従業員個人からのボトムアップ的な活動はあまり期待できません。そうではなく、組織のトップの強い意志の下で、経営理念・経営戦略と連動した形で強力に推進するしかないのです。一方で、トップの強いコミットが無く、対外的な体面を保ち「やってる感」を出すためのダイバーシティ推進策は、現場レベルで真の意図を見抜かれて無視されるか、骨抜きされた形(例えば目標数値に対する「数合わせ」「ゲタはかせ」)で「やったこと」にされ、現場の実態は何も変わらないという結果になってしまいます。

もちろん、組織・企業の判断として「ダイバーシティ」に背を向けるという考え方も無い訳ではありません。ダイバーシティの無い同質の組織には、意思決定の速さ、意思疎通の容易さというメリットがあります。特に起業したばかりのベンチャー企業などでは、そこまで構っていられないというのも本音でしょう。

しかし、同質的な組織の弱点は、同質的であるがゆえのバイアス・思い込みから逃れられないことです。多様な視点があれば気付けたはずの機会・リスクを見落としがちであり、かつ、過去の成功体験から脱却できずに現状維持志向となり、変化への対応にも後れを取ってしまいがちです。

一方、ダイバーシティのある組織の強みは、多様であるが故の多面的なものの見方です。「イノベーション」とは組み合わせであり、視点・考え方の多様性が増えればそれだけ「組み合わせ」の数も飛躍的に増加します。つまり、より「イノベーション」の可能性が高く、環境変化にも対応できるのがダイバーシティのある組織なのです。

ダイバーシティには「タスク型」と「デモグラフィ型」の2種類がある

早稲田大学ビジネススクールの入山章栄准教授によれば、ダイバーシティは大まかに、能力・職歴・経験など直接業務に関わる「タスク型」と、性別・国籍・年齢などの「デモグラフィ」型の2種類に分かれます。そして、組織のパフォーマンスにプラスの影響があるのは前者のみで、後者はむしろマイナスの影響を及ぼしかねないそうです。デモグラフィ型は、むしろ属性別の「組織内組織」に細分化・対立しがち(これでは多様化でなく、「分断化」ですね)ということのようです。

とはいえ、タスク型の多様性があっても、単にバラバラなだけではそもそも組織として集まる意味がありません。組織には、その組織が作られ、現在存在する「存在理由」が必ずあります。それが前回のコラムで説明した「経営理念」です。経営理念とはその組織が存在・存続する目的・価値(感)を示すものであり、これが組織を束ねる核となります。

「ダイバーシティ・マネジメント」の考え方の基本はここにあると私は考えます。

まずは組織として守るべき共通の価値観≒経営理念をどこに置くかを明確にし、それ以外の部分については個人の価値観を全て認め、尊重し、邪魔をしないと宣言するのです。

その上で、従来の組織の中では少数派であり、排除する傾向にあった異なる属性・文化・価値観・経験を持つ人たちを組織内にどんどん取り込んでコミュニケーションの機会をとにかく増やすことです。例えば新卒採用中心の会社であれば、意図的に(タスク型の)多様性を持った中途採用者を増やしていくというのもダイバーシティの第一歩となり得ます。

理想形は、ラグビー日本代表

組織の中に「少数派」がある程度の割合を占めてくれば、多数派の人達も少数派の意見を無視できなくなり、否応なしにコミュニケーションを取らざるを得なくなります。そうなると、多数派の人たちが抱いていた不安感、恐怖感は減り、違和感、不快感にもそのうち慣れてしまいます。「ああ、たいしたことは無いんだ」と。

要は自分が気に入らなくても、その感覚を他人に強要し、押し付けなければ良いだけの話なのです。気に入らない感情自体は避けられませんし、あっても良いのです。その中で、自分の考えを相手に押し付けずに「人は人、自分は自分」という態度・意識を持ち、互いの「違い」をリスペクト出来るようになれるかどうかであると考えます。

「ダイバーシティ・マネジメント」により、組織はより大きな母集団から多くの優秀人材を採用できる可能性が広がります。理想形は、選手の国籍にとらわれず、優秀な外国人選手が多数活躍しているラグビー日本代表ではないでしょうか。ワールドカップの舞台で大活躍し、日本中から賞賛された彼らに見習い、我々も「ダイバーシティ・マネジメント」を進めて行こうではありませんか!

専門家:新井 規夫(組織人事ストラテジスト)
新卒入社の大手ホテル業で給与・労務等人事の基礎を学び、急成長ベンチャー2社で管理部門全般(財務/経理/人事/総務)を担当。そこで感じた問題意識から慶應MBAに進む。在学中にCanadaのTop MBA, Richard Iveyに交換留学。2006年に楽天に入社し、人事評価・報酬制度の全面刷新(人材戦略室長)、買収した赤字通信子会社のPMI/事業再生(経営管理/人事部長)、二子玉川への本社移転PJ立ち上げ、CSR推進、Asia地域の人事統括(Singapore駐在)等を歴任。「ベンチャー・成長企業」「組織・人事・経営管理」をキーワードに、「成長の痛み」を未然に防ぎ、企業の健全な成長を加速させることを使命とし、2014年より独立し、複数企業の人事アドバイザリーとして活動中。

ノマドジャーナル編集部
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