前回の記事では、「グローバル人事の役割」について解説しました。そのなかで、個々の組織レベルで戦略・企画と課題解決を担当する「HRビジネスパートナー(以下、HRBP)」という役割について触れました。

この「HRBP」の役割と重要性は、多くの日本企業においてまだまだ十分に認識されていないように思われます。そこで今回は、この「HRBP」の役割を解説したいと思います。

人事部門の存在する目的:「採用」はあくまで目的を達成するための手段

「組織(企業)において、人事部門に求められる機能(業務)は何か?」という質問に対して、皆さんはどのような答えを想定されるでしょうか?

恐らく「採用」が最も多い答えではないかと思います。特に人材の獲得が最重要課題である急成長企業では、経営者も含めて人事の仕事=人を採ること(のみ)であると認識されているケースは少なくありません。一方で、より成熟した組織では、通常「教育研修」「勤怠管理・給与計算」「労務対応」あたりも人事の機能として認識されているでしょう。では、それらの機能は、そもそも「何のために」行われているかを考えたことはありますか?

一言で表すなら、「強い組織を作り、維持するため」であると私は考えます。それを実現するのが人事部門の存在する目的であり、求められる役割なのです。「採用」や「労務」などそれぞれの機能・業務は、あくまでその目的を達成するための「手段」に過ぎません。

戦略の優先順位に従って個別の人事施策を決めて実行する:HRビジネスパートナーの役割

HRBPに求められる役割は、強い組織を作り、それを維持するために、限られた経営資源(人・モノ・金・情報・時間等)をどの活動に、どのようなバランスで費やすかの優先順位を(全社最適を俯瞰しつつ)各事業単位で決め、実行することです。

(企業などの)組織における活動の拠り所となる最上位の概念が経営理念(ビジョン・ミッション・バリュー)で、その組織が存在・存続する目的・価値(感)を説明します。その次位の概念として、組織(企業)が現在と将来の外部環境に対応し、どの分野でどのような形で価値創出をしていくかの目標と優先順位を表すのが経営戦略です。

CEO・事業部門Topと連携し、これらの理念・戦略を実現するために強い組織をいかに作り、維持していくかの目標と優先順位を示すのが組織戦略であり、人事部門の責任範囲となります。

これを打ち出し、戦略の優先順位に従って個別の人事施策を決め、かつ個別の施策・業務目標等に落とし込み、実行に必要な経営資源をCEO・事業部門Top・本社人事(サービスを提供するコンサルティング部門)と交渉して確保し、実行部隊が推進する個別施策の進捗状況をモニタリングし、もし進捗が芳しくなければ速やかにテコ入れをするという一連の活動がHRビジネスパートナーに求められる役割となります。

コンサルティング能力と実務能力:HRビジネスパートナーに必要なスキル

実のところ、HRBPに求められる要件は非常に高いのです。

というのも、彼ら、彼女らの役割は、人事部門の現場が日々遭遇している課題(ボトムアップ)とトップマネジメントが追い求める理想(トップダウン)の狭間に立ち、緊急度と重要度を勘案しつつ経営理念・経営戦略と照らして最善である(はずの)両者の落とし処(方向性)を見付け、関係者を巻き込んでその方向性を説得し、納得させ、アクションをさせなければいけません。

経営者とコミュニケーションを取り、組織戦略の優先順位を提案し、納得させる能力(コンサルタント的役割)と、自社の現状と人事部門の現状のオペレーション力とポテンシャルを把握する能力(実務家的役割)の両方で卓越していることを求められます。とはいえ、そのようなスペックを満たす人材は労働マーケットを見渡してもごくごく希少です(もしそのような人が社内にいたら全力で引き留めるべきですし、外部にいれば積極的に獲得すべきです)。

人事戦略の実行要員ではなく意思決定の中心人物:「戦略的人事」における人事トップの役割

最近のダイヤモンド・ハーバード・ビジネスレビュー(2015年12月号)では、「戦略人事」のテーマが特集されていました。掲載された論文「CHROは経営者たれ(People Before Strategy)」の中でラム・チャラン氏は、財務資本をマネジメントするCFO、人的資本をマネジメントするCHRO(Chief Human Resources Officer)とCEOの3者で構成する「G3」という仕組みを提唱しています。人事トップであるCHROの役割を、「既定方針を実行するための支援要員でなく、全社的な意思決定の中心人物という位置付け」としているのです。

これは、事業部門TopとHRBPとの関係にもそのまま当てはまります。要は、人と組織に関してあるべき姿、現状と課題を伝え、変革・改善のための施策をTopに提案できる、「社長の相談相手」という役割がHRBPに求められているのです。裏を返せば、グローバル企業の人事TopであるCHROに求められる要件・役割はあくまでHRBPの延長上にあるのです。

これは非常に重要なポイントです。採用・労務・教育研修といった個別の業務のスペシャリストであっても、HPBPに求められるスキルと経験を満たしていない限り、その人はCHROとして適任ではないのです。極論すれば、HRBPを経験し、そこで確固たる実績を示せなければ、その人をCHROの候補者にすべきでないのです。

これからの人事トップは、HRビジネスパートナーとしてのスキルが必要

GEのようなグローバル企業では、各事業部門単位でのHRBPの存在と、上記のような認識を前提とした人事担当者のキャリアパス、アサインメントは常識となっています。一方で、多くの日本企業ではこのような経営体制&人事担当者のキャリア形成にはなっていないし、認識もされていないのが実態ではないでしょうか。経営者が勉強不足だ、という指摘はある意味正しいと思いますが、一方で、HRBPに求められる要件に耐え得る人事プロフェッショナルが社内・社外どちらを見渡しても足りないというのも否定できない事実でしょう。

残念ながら、多くの日本企業において、「強い組織を作り、維持する」戦略人事の重要性に対する認識はまだ高くありません。人事部門に求める貢献度・成果のレベルが低く、与える権限も限られていること、それに呼応して優秀な人事プロフェッショナル人材が育てられていないことが近年の日本企業、さらには日本経済における大きな課題の一つであるというのが私の認識です。

人事プロフェッショナルへの道:個別業務のスペシャリストとしての人事担当からHRビジネスパートナーに

各社で人事を担当される方達が、現状&あるべき姿を認識し、自らがHRBP人材を目指すことにより、このような人事プロフェッショナル人材の需給ギャップの改善は可能です。我こそはという方はぜひ奮起していただきたいと思います。また、経営者の皆さまも、自社の人事部門の担当者がHRBPとして求められる要件をどれだけ満たしているか、何が足りないのかを改めて検証されてみてはいかがでしょうか。あるべき姿と現状のギャップが改善すべき課題であり、まずそれを認識することが改善・変革の第一歩です。

専門家:新井 規夫(組織人事ストラテジスト)
新卒入社の大手ホテル業で給与・労務等人事の基礎を学び、急成長ベンチャー2社で管理部門全般(財務/経理/人事/総務)を担当。そこで感じた問題意識から慶應MBAに進む。在学中にCanadaのTop MBA, Richard Iveyに交換留学。2006年に楽天に入社し、人事評価・報酬制度の全面刷新(人材戦略室長)、買収した赤字通信子会社のPMI/事業再生(経営管理/人事部長)、二子玉川への本社移転PJ立ち上げ、CSR推進、Asia地域の人事統括(Singapore駐在)等を歴任。「ベンチャー・成長企業」「組織・人事・経営管理」をキーワードに、「成長の痛み」を未然に防ぎ、企業の健全な成長を加速させることを使命とし、2014年より独立し、複数企業の人事アドバイザリーとして活動中。

ノマドジャーナル編集部
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