これまで11回の連載で、「成長する組織・人事」というテーマでいろいろなトピックを扱ってきました。今回はまとめとして、そもそも「人事」の仕事はなにか?人事担当者が果たすべき役割はなにか?というテーマを考えてみたいと思います。

人事はどういった業務をするべきでしょうか、そしてその業務を経営者はどのようにとらえるべきでしょうか。人事の業務について、経営者や従業員が無理解である場合は多いです。経営者は、「自分は組織・人事のことをよく分かっている」と思いたいのですが、それは幻想です。まずは、「自分は分かっていないかもしれない」ことを認めましょう。

「人事」って何をする仕事?意外と広い人事の担当範囲

皆さんは、人事の仕事って何だと思いますか?組織・企業の活動の中でどこまでの範囲が、いわゆる「人事」の業務範囲なのでしょうか?

人々が思い描く「人事の仕事」は、企業のステージや置かれた状況によって大きく異なります。例えば、急成長しているベンチャー企業では、業容の拡大に対して人の手当てが追い付かず、かつ、採用市場における自社の「ブランド力」がまだ高くない(黙っていても人が集まらない)ために結果として「採用」が最もプライオリティの高い課題となります。一方で、歴史のある成熟した大企業では(ヘッドカウント的にはむしろ余剰だったりしますので)、採用よりも今いる従業員のTake care(人員配置・労務・福利厚生・社内広報等)業務が主に想起されるかもしれません。

実のところ「人に関わる仕事」は全部人事の領域ということもできます。私が以前働いていた企業ではオフィス賃貸の管理や庶務までが人事部門(そして私)の担当範囲でした。かなり幅広いですね。ある意味「その他もろもろ」の仕事、雑用は全部押し付けられているという側面もありますが(苦笑)、「人に関わること」と定義してみると、人事がカバーすることが期待される領域は思ったより広いんだと気づかれた方も少なくないでしょう。

「人事業務」のよくある誤解。経営者からは見えづらい人事の仕事

とはいえ、どの程度の範囲が「人事の業務」として認識されているかは、各社において異なります。よくあるケースは「うちの人事は採用しかしていない」といった、他部署の人たちの誤解(無理解)です。これは私自身にも経験があります。かつて従業員数十名のベンチャー企業で管理部門(財務・経理・総務・人事)全般を担当していた頃の話です。同僚の若手従業員に、私がどのような仕事をしているか知っているかと聞いてみると、答えは、「いつもパソコンを買ってくれる人ですよね!」というものでした。

結局、人は自分の興味のあることだけを、自分が見たいようにしか物事を見ないのです。これは経営者においても同じです。経営者自身の中に「人事はこうあるべきだ」というイメージがまずあり、その色眼鏡で人事担当者の働きぶりを見てしまいます。たとえ「人に関わる」業務を担当者がしていても、その「イメージ」に外れていれば、経営者は「人事の仕事」として認識しません。さらには、「どうでもいい無駄な雑務ばかりやっている。困ったものだ。」と捉えがちです。

しかし、人事の専門家でない経営者は、人事担当者が「どのような優先順位」で「どのような業務をすべきか」、また「実際にしているか」は見えづらいということを認識すべきです。裏を返せば、経営者が想像する「人事の仕事」を過不足なくこなしている(だけの)人事担当者は、本来なすべき「人に関する(重要だが緊急でない)仕事」を疎かにしていることが疑われます。結果として、早期に対応すれば未然に防げた問題はいつまでも無視され、遠くない将来に、より大きく深刻な問題となって暴発し、会社に大きな悪影響を与えることになるのです。

さまざまな「人事業務」の特徴。人事における「攻め」と「守り」

人事の仕事は「攻め」と「守り」の仕事に大きく分けることができます。前者の代表が「採用」です。採用と営業は似ています。自社の募集ポジションという「商品」を売って、応募者のキャリア(人生)を対価として払ってもらうべく営業活動にいそしむ、場合によってはマーケティングを行うというのが採用の仕事です。採用の重要性については以前に本コラムで解説しましたが、採用選考という「入口」で、目利きとして不良品をはじくのは人事の重要な役割です。また、採用担当者は会社の顔ですから、(いろいろな意味で)対外的な印象の良い人が採用の前面に立つだけで、入社する人のレベルも変わってくるというのも正直なところですから、責任は重大です。

加えて、教育研修も「攻め」側の仕事です。人に直接働きかけて、ポジティブなリアクションを促します。研修自体は必ずしも自前で行う必要はありません。研修ベンダー等の外部リソースも有効に活用しながら、企業の経営理念と戦略に沿って、組織の弱点を補強し、強みを強化するための研修を(適切な予算の範囲内で)実施するのが研修担当者の役割です。

それに比べ、「給与計算」「労務」などの業務は、「きちんとやって当たり前、間違えたらものすごく怒られる」という、報われない「守り」の仕事です。忍耐強さと正確さ・緻密さ・さらには機密保持(社長の給料を知っていても、当然他人に話してはいけません。口が軽い人、周りの空気に流される人は不向きです。)が求められます。つまり「攻め」と「守り」では求められる適性が大きく異なります。

「人が好き」な人は人事に向かない!?人事担当者に求められる「適性」とは?

とはいえ、始めから「攻め」「守り」両面に適性を持つ人は滅多にいるものではありません。多くの人は、その人が本来持ついずれかの得意分野で適性を発揮することになります。しかしそれに留まれば、その人は狭い分野の単なる「スペシャリスト」で終わってしまいます。

そうならず、より広い範囲で「攻め」「守り」の双方において「人に関わる仕事」に関わりたい、人事責任者を目指したいという人は、自身の得意でない分野に関しても、努力と訓練によって、(少なくともスペシャリストの部下を指揮できる程度には)克服する必要があります。一方、会社にとっては、「攻め」「守り」の両方ができる人は貴重な人材です。もしそのような人がいれば全力で引き留めて下さい。

なお、「人が好きなので人事をやりたいです!」という人は、必ずしも人事の仕事には向いていません。そのような人は往々にして相手(従業員)の感情に共感・同調しすぎてしまい、客観的な視点を見失ってしまいます。しかし、人事という立場は、常にやさしい顔をできるわけではありません。時には従業員に対して厳しい態度で接する必要もあります。「従業員の味方」になりすぎる人事は、経営にとっては邪魔になります。経営者の考えを従業員に伝え、従業員の想いを経営者に伝えることが出来る人が良い人事担当者の要件なのです。

「自分は組織・人事のことを分かっている」という経営者の幻想。「分かっていない」ことを認めましょう

経営者は、それまで組織・人事面で痛い目にあったことが無いが故に、「これまでも大丈夫なら、これからも大丈夫」と根拠なく楽観的に考えがちです。そして、「未然に防ぐ」予防的対応の必要性に気付かず、事態が悪化するまで状況を放置してしまいます。

しかし、状況がおかしくなってから対応し、事態を収拾するには多大な労力が必要となりますし、関わる人々も消耗します。そうなると、その人達のモチベーションも低下し、さらに離職等の問題につながるという悪循環に入ってしまいます。

経営者は、「自分は組織・人事のことをよく分かっている」と思いたいのです。でもそれは幻想です。自分が思っているほど、経営者は従業員のことは分かっていないし、どう対応すれば良いかも分かっていないのです。経理やIT部門では「よく分からないから」と専門家に頼るのに、人事に関しては分かっている、できていると勘違いしている経営者は意外に多いものです。

まずは、「自分は分かっていないかもしれない」ことを認めましょう。その上で組織の拡大に合わせ(できれば前倒しで)、必要に応じて外部専門家の力も借り、組織・人事体制をあらかじめ整備しておけば、労務問題・離職・モチベーション低下等のリスクを減らすことができます。これを率先して実行できる人が「リーダーシップ」がある経営者であると、私は断言します。

専門家:新井 規夫(組織人事ストラテジスト)
新卒入社の大手ホテル業で給与・労務等人事の基礎を学び、急成長ベンチャー2社で管理部門全般(財務/経理/人事/総務)を担当。そこで感じた問題意識から慶應MBAに進む。在学中にCanadaのTop MBA, Richard Iveyに交換留学。2006年に楽天に入社し、人事評価・報酬制度の全面刷新(人材戦略室長)、買収した赤字通信子会社のPMI/事業再生(経営管理/人事部長)、二子玉川への本社移転PJ立ち上げ、CSR推進、Asia地域の人事統括(Singapore駐在)等を歴任。「ベンチャー・成長企業」「組織・人事・経営管理」をキーワードに、「成長の痛み」を未然に防ぎ、企業の健全な成長を加速させることを使命とし、2014年より独立し、複数企業の人事アドバイザリーとして活動中。

ノマドジャーナル編集部
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