食の安全がニュースの話題となることが増えている。

安全で安心できる食を求める消費者の声は高まり続けており、少し対応を誤れば企業イメージを失墜させかねない。いわば食の安全は、メーカーにとって常に意識しなければならない最優先課題である。

リスクマネジメントの観点からも、自社工場での徹底した衛生管理体制が求められる中、ビジネスノマドの立場から衛生管理を指導する河岸宏和氏に、活動を伺った。

食品業界全般を経験した強み

Q:まずは、現在のお仕事についてお聞かせいただけますか。

河岸 宏和さん(以下、河岸):

「食品安全教育研究所」代表として、フリーの立場でさまざまな企業の工場や生産現場での安全管理や改善のアドバイスをおこなっています。並行して、企業講演やセミナーについても依頼を受けています。 また、食の現場の方へ向けた情報発信を行なっています。

Q:河岸様のこれまでのご経歴を拝見すると、加工から小売まで幅広く経験されておられます。これは、意識的にキャリアチェンジされてきたのでしょうか。

河岸:

食品業界に限らないのですが、自社工場などの「現場」を持っていると、狭い社会の中にとどまりがちなんですね。

その点、私の経歴は、食品業界全体を経験してきたといえます。広く食品学校を出てから新卒で肉の加工、ハムの加工会社に勤め、その後惣菜の加工業と移ってきました。その次に流通に行き、スーパー、コンビニにおける品質管理も経験しています。

スーパーですが、外資系の「ウォルマート」にいたのも特徴ですね。そこでは日本だけじゃなく海外の品質管理を学ぶことができました。 ウォルマートは、従業員教育に熱心なのが特徴でした。従業員の良いところを見つけ、褒めることの多さに驚きました。単に褒めるだけではなく、売り上げを達成した方、いい仕事をした方を従業員全体の前で褒め称えるのです。 また、英語を読めない従業員でもわかるよう、教育資料にはイラストが多様されていました。私がビジュアルを用いた教育の重要性を認識した原点は、ウォルマートにあると思います。

そうしていわば、結果として一人で端から端まで、食品においては生産から加工、流通までのすべての業態において品質管理を経験したため、非常に珍しい経験、専門性をもつようになりました。私のような経験がある専門家は実態として少ないといえます。

Q:食品業界のなかで、主にどういった分野の専門家として活動されていますか?

河岸:

食品業界でも顧問や外部アドバイザーという立場で関わることが多いのですが、私の強みは次の領域です。すなわち、クレーム発生率を「1PPM」まで抑える、そして従業員教育や管理方法についての指導。このあたりが明確な強みのある分野です。

1PPM(パーツ・パー・ミリオン:parts per million)というのは100万分の1のことなのですが、100万パック作ったときクレームが1件以内、それがきちんとした工場の基準なのです。 ちなみに、食品業界で0っていうのはあり得ません。いい加減なコンサルタントだと、クレームを0にしますと言いがちですが、あまり現実的ではない。そのため、1PPMを実現可能な水準として、そのレベルまで改善を行なうのが実際の業務になります。

Q:仕事の依頼は主にどこからきますか?

河岸:

関係者からの紹介がメインですね。一つの工場には、そのグループの工場の地域があります。するとその中で紹介され、そこの仕入れ先、納品先へとつながっていきます。 また業界向けセミナーでは非常に反響をいただきます。セミナーのオファーも口コミが中心で、継続的にオファーを受けています。現在、セミナーは月に2本くらいのペースで依頼を受けて開催しています。実は、意外とこのようなセミナーを継続しているケースは食品業界では珍しいことのようです。

写真1枚の情報発信が現場を引き締める

Q:河岸さんは、食品業界の衛生管理関連のテーマについてフェイスブックでも毎日欠かさず発信し、著作も多数執筆されています。いずれも、他にはないような、生々しい現場の話ばかりで非常に興味深く思っていますが、これほどまでに情報発信にこだわるのは理由があるのでしょうか。

河岸:

食品という身近なテーマだからこそ、日常的な情報発信が重要だと思っています。常に鮮度の良い情報をどれだけ発信できるか。特殊な業界でもあるので、コンサルティングの仕事をしていく上でも、まずは日常的にきっかけをつくっておかないといけないと思っています。

私の場合、最初はメールマガジンから始まっています。メールマガジンを十数年前に始め、毎週土日に更新をしていました。それを読んでくれた出版社の方から連絡があり、本を書きました。本を一冊書くと講演が入り、そして講演をおこなうとまた依頼が来る、そのような流れでビジネスが広がりました。

私の考えでは、発信ツールは毎日毎朝使うことが大切だと思っています。私の場合は、食品関係者が何を見たら参考になるのかを考えながら投稿します。 関心が高いのが月ごとの話題ですね。虫が多い月、ノロウイルスが流行っている月など、衛生管理側の視点で何が必要かを考えて注意喚起しています。

さらに、言葉ではなかなか伝わらない。言葉より写真や絵が必要なんです。 世の中ではツイッターで投稿された一枚の画像が社会問題になることが多いですよね。特に食品業界ではそれが顕著なんです。飲食店での虫の写真や工場ラインの写真が一枚出るだけで、企業が対応に追われることも珍しくありません。それくらい、画像というのはインパクトが強く、メーカー側を引き締めるんですね。 画像を意識的に使うようになってからは、より危機意識が高められるようになりました。現在でも毎日スマートフォンで、機会を見つけては撮影しています。

オンラインで情報発信をしていくと、役所の方や保健所の方などからもセミナーの依頼がきて面白いですね。ペヤング事件や牛肉の事件の時なども、キー局や全国紙から依頼がありました。みなさん見てくれているんです。

顧問を選ぶときにその人を活用する理由をもっと明確化するべき

Q:河岸様は普段、様々なご担当企業を順々にご訪問されており、まさにビジネスノマドと呼べると思います。さまざまな工場や現場とのやりとりが多いなかで、外部からフリーの立場で関わる際に心がけていること、感じていることはありますか?

河岸:

一番感じるのは、顧問が一度現場に来て「やりましょう」と言うだけでは何も変わらない、ということですね。 顧問が指導するときには、トップが必ず同席して、「先生の言ったことをやるんだ!」と従業員に伝えないといけません。

私は社内研修を行なう場合、社長や専務にも同席していただいています。 研修中、ホワイトボードに議事録を書いていただき、スクリーンに映しながらチェックリストを10から20項目ほど書きます。「よろしいですか?」と、その場で参加者がコミットしないと進まないようにしています。 さらにそれを写真に撮り、次回に行くときにその写真を見ながら確認します。 そこまでしないと、言いっぱなしでは現場が進まないんですね。

また、参加者の参加意識や緊張感を高めるため、セミナーのスライドも字を極力減らしています。絵と図で伝え、口頭で補完しています。ここでも画像のインパクトを意識しています。

多くの場合、顧問を選ぶときにその人のブランドがあまり明確にされていないですよね。 「なぜその人なのか?」という理由がないまま選んでしまっている。 顧問を選ぶときには、その経験が欲しいのか、頭脳が欲しいのか、それとも人脈が欲しいのかを考えなければいけないと思うんですね。

でも、本来は講師の過去の経験や人脈だけを抜き取ろうとしても、それは古くなっているんですね。そのため、新しいものを一緒に作るために雇うつもりでないと、本当の意味での改善はないでしょうね。

消費者目線を代行することで、気づかせる

Q:一方で、テレビやラジオ出演の際には、消費者目線でズバリ厳しいところをつく点が河岸様の持ち味かと思うのですが、目線というのは意識されておられますか?


河岸:

テレビやラジオに出演する際には、消費者のスタンスに合わせるのを意識していますね。 本来は、工場も消費者の立場で話し、消費者の付加価値があって工場も儲かるのがベストです。まだ消費者が知らないこと、気づいていないことを形にして出すのがメーカーですからそれを見せてあげるのが顧問の役目なんです。 困っていることを聞いてあげて、それを解決してあげる。困っていることはみなさんわかる。それを顕在化できないと。それが経験、いろんな工場を持っているプロです。

ISOに書いていることを指導するのは、誰でもできてしまう。悩んでいることを顕在化する、それを常にやるからこそ、質は高まるんですね。変わったことはそれだけでも、それに気づくのがプロですね。

取材・記事作成/早野 龍輝
撮影/加藤 静

【専門家】河岸宏和(かわぎし・ひろかず)
食品衛生コンサルタント。「食品安全教育研究所」代表。
1958年北海道生まれ。帯広畜産大学を卒業後、農場から食卓まで、食の現場のあらゆる場面で品質管理に携わる。これまで経験した品質管理業務として、養鶏場、食肉処理場、ハム・ソーセージ工場、ギョーザ・シュウマイ工場、コンビニエンスストア向け惣菜工場、卵加工品工場、配送流通センター、スーパーマーケット厨房衛生管理など多数。 著書に『「外食の裏側」を見抜くプロの全スキル、教えます。』,『激安食品が30年後の日本を滅ぼす!』,『スーパーの裏側』,『ビジュアル図解 食品工場のしくみ』などがある。
ノマドジャーナル編集部
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