(写真:福留 大士さん)
前回は業界リサーチの「正しいやり方」についてお伝えしました。新規事業のプロに聞く「新規事業の落とし穴」第2回は、より具体的なリサーチのやり方についてお伝えします。
企業の構成要員である「人」が変わらなければ企業は変わらない。という考えのもとに、「コンサルティング事業」と、「研修事業」とを通じて企業変革を実現している株式会社チェンジの代表取締役COO(Chief Operating Officer=最高執行責任者)を務める福留 大士さんと同社新規事業の中国語の仕事.comの立ち上げを行ったシニアコンサルタントの中嶋 翔さんに、業界リサーチの進め方について伺いました。
新規事業企画における情報収集では「ニュートラル」な視点が重要
Q:最近は、情報の獲得が容易になっています。ネットでの情報収集について気にするべき点はどのようなものでしょうか?
福留 大士さん(以下、福留):
業界の知見者や現場の経験者へのヒアリングなどで取得した一次情報と違って、ネットでの情報収集で重要なのは「どれだけ信頼できるソースにあたれるか」ということです。ネットの情報は玉石混交なので、情報の信頼性がポイントとなります。また、ネットのメリットとして「情報取得までのスピードの速さ」があるので、際限なく調べるのではそのメリットを無駄にしてしまいます。ネットで情報収集する場合にやってしまいがちなのは「目的なくなんとなく関連しそうな情報を取得すること」です。
これを防ぐためには事前に仮説を立て、その仮説を検証するために情報収集を行うという順序を間違えないことです。「収集した情報から何が言えるのか」という考え方ではなく、「事前に考えた仮説を検証するためにはどんな情報が必要なのか?」という視点が大切です。情報収集も仮説を元に検索項目を何十個も用意してそれを順に、機械的に調べていくといった方法で行うことで効率的に情報収集をすることができます。
Q:信頼できるソースが複数ある場合、どう考えたら良いのでしょうか?
福留 :
「ファクトが異なる場合」と「ファクトの評価の仕方、見方が異なる場合」があります。まずは、ファクトを確認するため、各データの根拠、出典とデータの定義とどのようなロジックで情報を扱っているのかをみることが重要です。そうして、解釈の違い、データの見方の違いについては、両論を併記することもあります。
例えば、「これからIT産業でどれくらい人が足りないか」を表すため、根拠となるデータを探した場合に、経産省と総務省が違うことを言っているとします。経産省は「SEが30万人足りない」としているのに、総務省は「SEが10万人足りない」としています。どっちが正しいのかがわからないのですが、それで良いのです。
データの扱いの仕方としては複数の見方があるということを理解しておくことが非常に重要です。だからこそ、専門家のインタビューなどは、複数実施することに非常に意味があります。つまり、異なるバックグラウンドや立場の人間からヒアリングを行うことで、複数の視点が獲得できるのです。
データについて複数の視点を獲得したとしても、結果としての意思決定自体は変わらないかもしれません。ただ、一方の視点に依存しているわけではなく、複数の視点を踏まえて判断しているということを、判断者が理解しているかどうかが大事なわけです。これが「ニュートラル」な視点を持つということです。
意思決定者は、都合の良い情報も悪い情報も出せるチームになるよう配慮するべき
福留:
一方、この「ニュートラル」な視点と比較し、やってはいけないことがあります。
それが、自分の思っている方向のデータばかりを採用するということです。2つのデータがあると、自分や立ち上げ予定の事業に都合の良い情報を選んでしまいがちです。都合の悪い情報があった場合に、「これは競合じゃない」「ここの数字は低く見積もっているから無視して良い」とか「これはあまり関係ないな」など都合の良い解釈をしがちです。
いくらその事業に確信をもっていても、成果が出るまで正しいかどうかはわかりません。意思決定者をコントロールし、「イエス」と言わせるのが目的ならば、自分に都合の良いデータで物事をすすめるのも良いかもしれませんが、本当のゴールは新規事業を成功させることのはずです。それを踏まえると、都合の良い情報も悪い情報も「ニュートラル」な視点で判断することが大事だと分かるはずです。
このように「ニュートラル」ではない視点で考えてしまうことは、事業立ち上げの際によくあります。事業立ち上げを検討した結果、「やらないほうが良い」という結論になることはできれば避けたいと考えてしまうメンバーが多数を占めるといったことは珍しくありません。その場合、メンバーはマイナスの情報を隠して都合の良い事実だけを報告してくることがあります。大企業でよくある、意思決定のための調査、内部の会議を通すために見せたい情報のみをまとめて報告することもよく見られる光景です。会議を通す目的には沿っているのですが、本来のリサーチの趣旨からは外れていますね。意思決定者は、都合の良い情報も悪い情報も出せるチームになるよう配慮したほうが良いでしょう。
新規事業企画のアウトプットは「後から参照できる」まとめ方をする
Q:情報のまとめ方については、どのようなアウトプットが最適だと考えますか?
福留:
結論から言うとどんな形式でも構わないです。別に1枚だろうが、分厚い資料だろうが、意思決定に必要な情報が「出来る限り」揃えられていればアウトプットの形は問題になりません。先ほどお話したとおり、不確実性がありますから完全に揃えきることはできませんので、あくまで「出来る限り」揃えられている必要があります。
ただし、その際に1点大事なことがあります。リサーチのアウトプットは、一回の会議を通すためのものでも、一度資料をまとめて終わりというものでもありません。いいアウトプットは、事業を進めている中でも絶えず確認して事業の方向性を調整したりする際に参照できるものです。
つまり、よいアウトプットは、後々参照されるものです。後々参照しないようなアウトプットは意味がありません。
Q:「参照されるアウトプット」とは、どのようなものですか?
福留 :
一番大事な「マーケットの課題をどのように解決するか」「本当にそれがお金を生むのか」を、事業を立ち上げる人間が考えに考えぬくということが大事なわけで、それがちゃんとアウトプットに反映されているならば、1枚でも良いです。
そういったアウトプットであれば後々事業を進めていく中で、「あの時こう考えていたな」とか「こういう情報があったな」という形で参照されることになります。また、どんな場合でも費やす時間は必要最低限が望ましいです。無駄に100枚とかになってはダメです。そういうものは後々どうせ読むことはないわけですから。
実際は、時間をかけて作成しても立ち上げて「はい完了。二度と振り返りません。」という企画書が非常に多いのですが、それでは、企画の作業に意味がなかったことになってしまいます。
今回は、新規事業立ち上げにおけるリサーチの意義と手法、リサーチの際に注意すべき点に加え、そのリサーチ結果を分析する際や分析結果をアウトプットする際に注意すべき点についてインタビューを行いました。
次回はインタビュー(ヒアリング)の手法についてお送りします。
取材・記事作成/畠山 和也
撮影/加藤 静
株式会社チェンジ 代表取締役兼執行役員社長
1998年アクセンチュア入社、ヒューマンパフォーマンスグループにて、製造業や政府官公庁向けの組織・人の変革プロジェクトやシステム導入プロジェクトに従事。2003年に株式会社チェンジを立ち上げ、代表取締役に就任。人材開発やITなど、他領域に渡る新規ビジネスを国内外で立ち上げた実績を持つ。
株式会社チェンジ シニアコンサルタント 中国語の仕事.com担当
2011年横浜国立大学経営学部卒業後、株式会社チェンジ入社。チェンジでは事業開発の担当部門で新入社員時代から、インドでのIT技術者育成事業、ソーシャルメディア活用のコンサル・運用支援事業などの事業立ち上げを行ってきた。近い将来、子会社の社長の座を狙っている。
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