2012年に刊行された著書『モバイルクラウド』(中経出版)でテクノロジーの進化がもたらす新時代のワークスタイルを予見した、シスコシステムズ合同会社・戦略ソリューション・事業開発ディレクターの八子知礼さん。

「働くこと」「生きること」への価値観が多様化し続ける今、予測される新たなワークスタイルの潮流とは何なのか。ご自身のキャリアを振り返りながら、じっくりと語っていただく。第2回では、複数企業をまたいでプロジェクトを進める際の座組みについて、詳しくお話を伺った。

自社、パートナー、クライアント。協業で生み出されるビジネス

Q:現在は、シスコシステムズでどのような事業を手掛けられているのでしょうか?

八子知礼(以下:八子)

直近では、さまざまな企業間のアライアンス創出や、新しいビジネスの座組みを伴ったモデルを創出するためのソリューションを提案する部門を担当していますが、それまではコンサルティングをやっていましたので、今もそのコンサルティングに近いアライアンスの形を推進する役割ですね。

Q:コンサルティングに近いアライアンスとは、具体的にどういうことでしょうか?

八子:

何らかのプロジェクトが立ち上がり、全体のビジネスマップを描くときに、どの会社とどの会社に手を組んでもらうかを考えるんです。そうすれば自分の会社にないパーツを複数の会社で組み上げることもできる。そうしてできたモデルをどこかの会社に提案してみて、うまく進んだらその会社をもその座組みの中に入れて、さらに他の会社に売りに行きましょうと。そういった発想ですね。

すでに実際に動いているケースがあって、しかも1社と進めただけではないんですよ。「お客さんもシスコも、もしくはシスコのパートナーさんも一緒になってこのビジネスを作りました」という形を推進する。こうなると「普通のプロダクトを売ります」とか「ソリューションをデリバリーします」という視点じゃなくって、「ともにビジネスを作っていきましょう」というコンサル的な発想で動かざるを得ないんです。

Q:こうしたモデルは今後一般的になっていくのでしょうか?

八子:

なると思います。よりそれが加速される世界になってきているんじゃないかな、とも思いますね。日本企業はこれまではどちらかというと「自前で」という傾向が強くて、「全部を自社でやります、やったんです」という話をよく聞くんですが……「いや、全部を自社で作らなくてもいいじゃない」と。「よそに優れているものがあるんだったら、組み合わせて作ればいいじゃない」と。そのほうが1年早いというのが今の時代です。

いろいろなところからベストなパーツを集めて、ものを早く作って、早くお客さんの所にデリバリーして、早く実装して、早く効果が出て、だからこれをそのお客さんと一緒に別の所にも提案しにいきます、という発想にしたほうが物事の進捗が早いですよね。

それくらいのスピード感で動くためには、他の企業と一緒に座組みを伴ってやっていくということがより一層重要になってきていると思います。昔から日本企業の間でも「コンソーシアム」と称していろいろな活動をやってきましたが……。「とりあえず集まって、名刺交換して……以上」みたいな(笑)。上手くいっていることもあるんですが、それはその中で強力なイニシアチブを持つ誰かが引っ張っているんです。何となく寄せ集まってきて議論しているという団体だと上手くいかないですね。より実務的に動けるような環境を早く作らなくてはいけない。意思決定の途中で潰れてしまわないように進めなければならないということが、今求められている企業と企業のアライアンスやコラボレーションの関係だと思います。

大企業とベンチャー企業がともに利益を享受できる座組み

Q:複数の企業で座組みをする際に陥りがちなトラブルや、注意すべきことは何でしょうか?

八子:

「利己と利他のバランス」でしょうね。自分の会社だけ儲かれば良いと思って活動していると「座組みをする意味があるのか?」と見られてしまう。でも実際にいるんです。「あそこの会社と組むことによってウチはこんなに儲かる」という発想をする人が。

確かに儲かるんでしょうけれど、儲かった分で相手の会社に対してどんな貢献ができるのかを考えておかないと全体のバランスが崩れてしまいますよね。「ウチが技術やノウハウを共有してもらう対価として、相手の会社に何を提供できるだろうか」と。しかもそれは相手が増えれば増えるほどWin-Winの関係をたくさん設計しなければならないわけです。なので、「利己と利他のバランスを取る」という発想があることは、座組みが上手く回るかどうかの極めてベーシックなポイントでしょう。

もう一つは、「オープンに付き合う」ことです。包み隠すことなく「こんなビジネスモデルを作りたいんです。このピースに入っていただけますか?」と。場合によっては、相手にとってメリットがないと思われる場合に正直に伝えることもまた必要ですよね。

例えば大企業とベンチャーの場合だと、大企業はどうしてもベンチャーを種々の活動に引っ張りがちになってしまう。でもベンチャー側が付き合っていける範囲、資源には限度がある。大企業側は、「このままだと振り回してしまうので一旦やめませんか。こちら側で進めて、お金が供出できるようになったらまたお声掛けします」と伝えることも必要です。予算がないのに無理に付き合わせてしまうというケースは実際にありますからね。

こうした座組みは、何社くらいまでが適当な範囲なのでしょうか? 増えれば増えるほど複雑になると思うのですが……。

八子:

いたずらに増やさないほうが良いですね。例えば会議や議論の場でも、意見がそれぞれリスペクトされて建設的な議論ができる参加人数は8人から10人くらいまでじゃないでしょうか。それを考えると、それぞれの会社の代表者として一同に会するのであれば、8〜10社が限度なんだろうと思います。もし30社などの大きな規模で集まるのであれば、テーマは同じでもそれぞれの狙っている領域ごとに分割して、それぞれ8〜10社になるように整理することも必要です。

よく「50社も集まれば何かすごいことが実現するのではないか」と考える人がいますが、そんなことはないんですよ。基本的には主催する人、企画する人、運営する人を中心に、数人で会議やプロジェクトが決まっていくものなので。「オーディエンスに過剰な期待をしないほうが良いですよ」というアドバイスをすることは多いですね。

 

《編集後記》

より早く、より大きな成果を出して、マーケットに応えていく。そのために八子さんは日々、企業間アライアンスによる事業創出と展開に奔走している。

最終回となる第3回では、テクノロジーの進化がもたらしたワークスタイルの変遷と、今後10年間で予想されるさらなる変化について、詳しく話を伺う。

 

取材・記事作成:多田 慎介・畠山 和也

八子 知礼 氏

シスコシステムズ合同会社 戦略ソリューション・事業開発ディレクター。
大学卒業後、松下電工株式会社(現パナソニック株式会社)にて介護用品・サービスや通信機器の企画開発に従事。その後外資系コンサルティング会社、デロイトトーマツコンサルティング株式会社などを経て現在に至る。通信・メディア・ハイテク業界を中心に、商品戦略、新規事業戦略、バリューチェーン再編、企業アライアンスによる事業創出などを多数手掛ける。「モバイル」「クラウド」「ワークスタイル」に関する寄稿・講演多数。

著書に『図解 クラウド早わかり』『モバイルクラウド』(中経出版)がある。