2012年に刊行された著書『モバイルクラウド』(中経出版)でテクノロジーの進化がもたらす新時代のワークスタイルを予見した、シスコシステムズ合同会社・戦略ソリューション・事業開発ディレクターの八子知礼さん。
「働くこと」「生きること」への価値観が多様化し続ける今、予測される新たなワークスタイルの潮流とは何なのか。ご自身のキャリアを振り返りながら、じっくりと語っていただく。最終回となる第3回では、ワークスタイルの変化や「副業」容認が拡大している現状の流れを踏まえつつ、10年後に向けて変わっていくであろう「働き方の新常識」について伺った。
ワークスタイルが多様化する時代は、「個人が自己責任で選ぶ」時代でもある
Q:「テクノロジー×ワークスタイル」という観点で、八子さんはここ数年どのような変化を感じていらっしゃいますか?
八子知礼(以下:八子)
「制約をできるだけなくそう」「社員に選択肢を与えよう」という変化ですね。例えば場所や制度、自社と他社の関係、社内の労働規約に対する制約を減らすという方向に確実に動いてきています。それをテクノロジーやソーシャルメディアが支えているということです。
典型的な例で言うと「オフィスに行かなくてもいいじゃん」とか、「BYOD」(Bring Your Own Device:社員個人の端末を会社に持ち込み業務に活用する)のトレンドなんかもそうですね。WindowsのPCじゃないとダメだというのは一体誰が決めたんだということです。最近だと「Macじゃないと俺は死んでしまう!」という人もいるわけじゃないですか。であれば、使用するデバイスについては自由に選択する権利を与える。ただし、個人として責任を持ち、仕事で高いパフォーマンスを出せるということが前提です。自己責任で最適な働き方を選択し、成果を追い求められるのであれば、どこで働くのか、どんなデバイスを使うのかといった選択肢が与えられる時代になってきています。
Q:そういった意味では、「多様な働き方を実現したい」と言っている企業は増えているものの、責任の所在が個人にあるのか企業にあるのか、曖昧になっているケースが多いのかもしれませんね。
八子:
「自己責任」というものを表に立てると反発も起きるので、ワークスタイルについては「そういう一面も持っている」と解釈したほうが良いのだと思います。ワークライフバランスや働き方の選択肢が増える……といったいくつかある考え方の中の一つが「自己責任」なんですよね。選択肢の幅が広がることで社員の自己責任が求められ、より会社に成果を求められることになります。議論の幅はどんどん広がっていくでしょう。
コンシューマー領域での技術革新でビジネスシーンが変わる
Q:今後、技術面ではどんな進化を予測されていますか?
八子:
ワークスタイルの多様化に対するさまざまな制約を解き放つ。それを実現する技術がどんどん導入がされていくと思います。例えば今まではテレビ会議というと画面を見て向こう側の顔が見える程度でした。今後は相手の存在をリアルに感知できるような高精細なもので、タイムラグがほとんどない状態、「実際に会っている」感覚になれるようなツールが一般的になるでしょう。
Q:テレビ会議も最終的には3Dになっていくのでしょうか?
八子:
まだまだ先の話でしょうが、いずれはホログラフィックを活用したものになると思いますよ。むしろ先に、VRをビジネスシーンで実用化することになるかもしれませんね。我々個人の感覚としては、リアルな3Dカメラやムービーは普段の生活の中で別に必要ないじゃないですか。コンシューマーの領域でこうした技術が当たり前に使われるようになっていかないと、ビジネスシーンでもなかなか普及しないでしょうね。
技術トレンドは「BtoCからBtoBへ」流れていきます。カスタマーフロント、なおかつC(Consumer)の領域でクレームも含めてさんざん検証・研鑽され、その結果を持って法人に入っていくんです。
ハッピーな人生を実現するための「福業」スタイルとは
Q:「1社でずっと正社員として働く」というかつての常識は、現在のワークスタイルとしては当てはまらなくなってきています。この先、雇用形態のあり方もどんどん変わっていくのでしょうか?
八子:
変わっていくでしょうね。例えば副業が拡大していく流れはどんどん進むと思います。ただし、その概念は変わっていくと考えています。今は副業というと、「メイン」の仕事の他に「サブ」の仕事があるという概念ですよね? これがケース1です。
ケース2は、「メイン1」「メイン2」「メイン3」「サブ」のような形。つまり主に取り組んでいる仕事がいくつか並列していて、さらに副業としての仕事も持っている。最近ではこの状態を指す「複業」という言葉が盛んに使われるようになってきました。
そして、さらに進んだ形としてケース3があります。これはほとんどケース2と同じなんですが、「メイン1」「メイン2」「メイン3」……と並列していき、サブはないんです。これは好きなことしかしていない状態。好きなことは一つだけではなくいくつもあり、それらすべてに取り組んでいるという状態です。そうすることでハッピーな人生を実現していく「福業」が当たり前になっていくのではないかと考えています。
それぞれのメインが一つの会社の中で実現できるのであれば、一つの会社で働き続ければ良いんですよ。その会社で複数の役割を持っているということもあるでしょう。もしくは、それが講じて、「とある会社には週2日」「とある会社には週2日」「とある会社には週1日だけ」といったように、フルタイムではないけれどそれぞれにコミットして働いているという状態になるかもしれない。そうなればケース3ですよね。
Q:雇用形態そのものの問題ではなく、自分がどんなことに情熱を注ぎ、どこで専門性を発揮していくのかを定めていかなければならないということですね。
八子:
それは意外と早いでしょう。労働人口が減り続けていく日本では、私たち一人ひとりが少なくとも2つくらいの職業を掛け持ちしていなければ、社会が回らなくなる。ケース3への変化の流れは、今から10年以内には確実に起こります。大企業で働き続けるのではなく、中小企業やベンチャーを2つ3つ掛け持ちして働くというスタイルが、よりメジャーなトレンドになるでしょうね。
終身雇用という幻想が崩壊していることは、自明の理です。日本全体が規模縮小のモードに入り、2008年をピークに人口が減り始めている。今から10年後には1億1000万人を切り、約30年後の2045年には1億人を切ると見られています。あらゆるマーケットが縮小していく中では当然終身雇用が維持できなくなっていくでしょうし、雇用維持力がない企業もたくさん出現するでしょう。
「ワーク=ライフ」の時代だからこそ多様な選択肢を
Q:一方で「ハッピーな福業」という概念を考えたときに、現在の社会全体の課題を解決していく糸口が見えるような気もします。最近では保育園問題が燃え上がっていますが、ワークスタイルが変化していくことで、男女問わず子育てに割く時間も増やせるのではないでしょうか?
八子さん:
そうなんですよ。自分がやりたいと思うことの数だけ「メイン」の仕事が存在するわけですが、これは必ずしも「職業」のことだけを指しているとは限らないんです。人によってはこれが育児かもしれないし、家事かもしれない。今はまだ「ワークライフバランス」という言葉が使われていますが、今後はおそらく使われなくなるでしょう。ケース3の世界では、「ワーク=ライフ」なんです。
これはものすごく大きなパラダイムシフトです。「ワーク=ライフ」と考えれば、少なくとも仕事と生活のバランスを取るという概念はなく、「家事」も「育児」も「家の一大イベント」も楽しんで取り組む「メイン」のうちの一つになるんですよね。それを楽しみたいと思うのであれば、メインとして楽しみましょうと。もし勤めている会社がそれを許容できないんだったら、「そんな会社は辞めてしまえ」という話になります。
100歳まで生きる、75歳まで働く時代に必要なこと
Q:個人としては、企業に頼り切って生きていける時代ではなくなっていくのですね。
とはいえ、大企業がすべてなくなるというわけではありませんし、依然として重要な存在であることは変わりません。ただ、新たなワークスタイルを選択できるような環境が整っていけば、たくさんの人たちがそこに流れていくのではないでしょうか。いつ潰れるか分からない会社で10年、20年働くということのほうがリスクですよね。
Q:平均寿命が伸び続けている中で、「長生きするリスク」も言われています。
私自身は最近、100歳まで生きることを想定したキャリア作りの必要性を感じています。少なくとも75歳までは働く必要があると考えれば、25歳から50歳までがワーク1のフェーズ、50歳から75歳までがワーク2のフェーズ。この2本を働くという覚悟がいるわけです。
おそらく50歳からの働き方はワーク1とは違うんですよね。ミッションも違う。これまでは50歳までがハイキャリアで、それ以降はローキャリアだととらえていたんですが、そうではなくワーク2も同じくらいの情熱と責任を持って当たらなければならない。
Q:50歳になるとキャリア終盤のような感覚でしたが、75歳まで働くと考えれば折り返し地点ですね。
はい。そう考えると、今向き合っている仕事の醍醐味や人生設計が変わってくるんです。私は今年45歳になりますが、今から50歳以降の過ごし方を準備しています。どうやって設計し、実行に移していくか。とてもワクワクしますよ。
《編集後記》
「仕事もプライベートも大切にしよう」という従来の考え方の背景には、会社に頼り、強く依存する個人がいるのかもしれない。不確かな将来を見据えながら、それでも「長生きをしなければならない」時代だからこそ、ワーク=ライフの観点を大切にして、同時並行でさまざまなキャリアを形成していくことが求められるのだろう。
八子さんの語るワーク2、50歳以降のステージでは、積み重ねたキャリアをいかに活用していくかがポイントとなる。今、やりたいと思う仕事に素直に挑戦し、「メイン」のフィールドを増やしていくことで、充実したワーク2を迎えられるのではないだろうか。
取材・記事作成:多田 慎介・畠山 和也
八子 知礼 氏
シスコシステムズ合同会社 戦略ソリューション・事業開発ディレクター。
大学卒業後、松下電工株式会社(現パナソニック株式会社)にて介護用品・サービスや通信機器の企画開発に従事。その後外資系コンサルティング会社、デロイトトーマツコンサルティング株式会社などを経て現在に至る。通信・メディア・ハイテク業界を中心に、商品戦略、新規事業戦略、バリューチェーン再編、企業アライアンスによる事業創出などを多数手掛ける。「モバイル」「クラウド」「ワークスタイル」に関する寄稿・講演多数。
著書に『図解 クラウド早わかり』『モバイルクラウド』(中経出版)がある。