「パラレルキャリア」「パラレルワーク」という言葉が広く使われるようになって久しい。一つの会社で働くだけではなく、さまざまなフィールドを行き来することでビジネスチャンスをつかみ、キャリアを築いていく時代。そんな潮流の中でもなお、小友康広さんは際立った存在と言えるかもしれない。

電子ブックの作成をはじめとした多様なウェブアプリケーションを提供するスターティアラボ株式会社(東京都新宿区)の取締役CPO(Chief Product Officer)であり、岩手県花巻市で110年続く老舗企業・株式会社小友木材店の4代目社長であり、地元の街づくりのためにさまざまなアプローチを行う株式会社花巻家守舎の代表取締役でもある。月の半分は岩手、もう半分は東京で過ごす「パラレル経営者」だ。

小友さんはなぜ3社の経営者を兼務しているのか。そして、パラレル経営を可能にしているものは何なのか。第1回では、キャリアの入り口であるスターティアラボでの新規事業開発エピソードを中心にお話を伺った。

「いつ辞めようか」と悩む日々を経て、トップセールスへ

Q:小友さんはスターティアで電子ブック作成ツール「ActiBook」を立ち上げられました。まずはこの新規事業開発に携わるまでの経緯をお聞かせください。

小友康広さん(以下、小友):

私は2005年4月にスターティアへ新卒で入社しました。約1カ月の研修期間を経て配属になったのが、新規事業を進める部署だったんです。当時の主力事業は電話やコピー機などのオフィスインフラの販売と、ネットワークインフラの構築・提案。私が配属された経営戦略室は、主力2事業の部署に対して新商品を開発し提供する、商品企画のようなミッションを持つ部門でした。

当初は「現場の営業の気持ちを知るために小友も売る経験をしなければダメだ」ということで、3カ月ほど営業として活動することになったんです。当時、新しい商材候補だった電子ブックのソリューションを営業することになりました。ライブドアが出資していた神戸の会社が作った「アクションブラウザ」というソフト、この担当になったんです。

Q:入社当初から電子ブックに関わっていたんですね。

小友:

はい。しかし3カ月間まったく売れず、他の同期がどんどん初受注を上げている中で結果が出せなくて、「いつ辞めようか」ということばかり考えていました(笑)。18人いた同期の営業の中で、下から2番目だったんです。

私は昔から何でも自分でやりたいという性格で、先輩の営業に1日同行しただけで「後は自分でやれるので付いてこないでください」と言ってしまったんですよ(笑)。普通は新人営業マンって、初受注が獲れるまでは先輩に付いてきてもらうものだと思うんですが、「それは格好悪い」と思ってしまって。1日見ていて大体の流れは分かったつもりになっていたので、「自分でやるのでいいです」と。その結果、3カ月間まったく売れなかったんです。

あまりにも結果が出ない私を見かねて、上司が同行してくれました。そこでやっとクロージングの技術を学び、それからは一気に受注できるようになりましたね。商品説明の導入部分や、お客さまに対する提案力では同期に負けないという自信がありました。営業としての勘所を身に付け、意識してクロージングをかけることで一気に結果が出るようになり、トップセールスになったんです。

Q:まったく売れない日々から、一気にトップセールスに?

小友:

はい。当時は初回訪問から2、3週間で契約までたどり着けました。スターティアは「アクションブラウザ」の一代理店でしたが、全国のさまざまな代理店の中で、私1人でそのソフトの80パーセントくらいを売っているような状況だったんです。それで、「こんな風に商品を改良すればもっと売れる」といったような意見をメーカーが聞いてくれるようになり、開発にも反映されていきました。

スターティア初の自社商品開発に一年目で挑戦

Q:電子ブックという商材を売る勘所は何だったのでしょうか?

小友:

出版業界に特化したことです。当時私の上司だった北村(北村健一氏:現スターティアラボ代表取締役)が、「出版社の売上を伸ばすための立ち読みツール」として企画を作ってくれました。販売対象にフォーカスした、分かりやすい企画で売るというフレームをアクションブラウザにもたらしてくれたんですね。

とある出版社向けの展示会に見学に行ったところ、別会社の電子ブック商材が非常に高価な値段で売られていました。高機能なんですが、「1冊いくら、1ページいくら」という従量課金システムだったんです。それに対してアクションブラウザは、「機能はそんなに多くないけれど定額で何ページでも作れる」というコンセプトでした。出版物をPRするための立ち読みツールとしては最適だと考えて出版社に持ち込んだところ、一気に売れるようになったんです。

ですが、そんな矢先に「アクションブラウザ」の開発会社が他社の出資を受けることになり、電子ブック事業に関する方針が大きく変わってしまいました。「アクションブラウザの開発は止めます。このソフトをこれ以上バージョンアップしていくことはありません」と。

Q:電子ブック事業が頓挫してしまったんですね。

小友:

はい。「アクションブラウザのライセンスをスターティアが買い取る」という話も出ていたんですが、実現しませんでした。それならば、ということでスターティアが電子ブック作成ツールを自社開発することになったんです。代表の本郷(本郷秀之氏:スターティア株式会社代表取締役兼最高経営責任者)から「小友君が一番売っているよね。2000万円の予算を預けるから、日本で一番の電子ブックソフトを作ってくれ」と言われて、入社8カ月後の12月から、「ActiBook」の商品開発プロジェクトを立ち上げました。

Q:怒濤の一年目ですね……。

小友:

そう言われると確かにそうですね。いろいろなラッキーが重なりました。新規事業に配属してもらい、電子ブック商材を売る経験を積むことができ、自社開発の流れをつかむこともできた。スターティア初の自社開発プロジェクトだったんですよ。OEMのような形はありましたが、完全にオリジナルで自社開発をするというのは初めてでした。

Q:初の自社開発にあたっては当然苦労もあったと思うのですが?

小友:

はい。とても苦労しました(笑)。毎日20時まで営業活動をして、その後深夜2時まで開発担当として動くという生活をずっと続けていたので。睡眠時間は4時間程度という日々でした。

メンバーは私と……私くらいか(笑)。上にはアドバイザー的な存在はいましたが。逆に、好きにさせてもらえたことがありがたかったですね。「何でも好きにやらせてほしい」という性格なんですよ。

アドバイザーとして担当してくれていた当時の執行役員は、かつてイトーヨーカ堂のネットショップの第一号を作った人物だったんです。当時30代後半で、キャリアもあって。その人が私の師匠のような存在になってくれて、いろいろと教わりました。要件定義書を作って、ベンダーさんを選定して、1週間に一度くらいのペースで進捗共有会議を開いて。

「ActiBook」の成長とともに過ごした20代

Q:今ではActiBookが幅広い業種に使われていますが、マーケティングはどのように行ってきたのでしょうか?

小友:

出版社へ一点突破して、その後3年間くらいは順調に顧客開拓ができていたんですよ。ただ、出版社というのは日本に約3000社しかなくて、その中でも実質的に稼働しているのは1000社程度。それもほとんど日本の中心と言われる東京に集中している。そのうち約300社と取引ができるようになって、「もう先がないな」と思っていたんです。他の業界にも展開しなければいけない、と。

しかし、東京で展開しているとどうしても、出版社向けの営業の成果が出過ぎていてそこから抜け出せなかったんです。いろいろなことを試みたのですが、うまくいきませんでした。そんなときにたまたま福岡支店長から「ActiBookを印刷会社に売りたい」と相談があったんです。

印刷会社は、2005年当時に私がいちばん最初に営業をしてダメだった業界なんですね。200件近く回って1件しか売れなかった。なので心配していたんですが、実際にふたを開けてみると福岡の印刷会社にはものすごく売れたんです。「嘘でしょ? と(笑)」それで福岡支店のやり方を東京に逆輸入しました。

Q:なぜ福岡では印刷会社への展開に成功したのでしょうか?

小友:

出版社のシェアが取れていたので、すでに印刷会社への印象は良かったんですよね。「お金を払って紙を買う」のは出版物くらい。つまり「出版印刷ができる」というのは、印刷会社にとっては非常に優れたブランディングになるんです。それだけ優れた技術を持っているということだから。それで、「出版社が取り入れているものは良いサービスのはずだ」という認識があったようです。フリーペーパーを手がけている印刷会社などに積極的に取り入れてもらって、印刷会社なのにフリーペーパーを出している団体の講演に呼ばれて一気に顧客を獲得するということもありました。

Q:その後は他業種へも積極的に展開していったのですか?

小友:

印刷会社への売り方が確立されてからは、一気にシェアを取っていきました。問い合わせがどんどん来るようになったんです。いろいろな場所で電子ブックを見かけるようになったんでしょうね。知名度が上がり、新規の問い合わせが毎日2件以上来るような時期もありました。

さまざまな業界から「ActiBookでこんな課題解決ができないか」と相談が寄せられるようになって、そうしたアイデアを取り入れていくことで商品もどんどん進化していきました。

ターゲットとする業界が変わっても一緒だと思うんです。「企画を立てる」「その企画を実現できる機能がある」「それを必要とする人たちにアプローチする」という流れですね。それを続けて、サービスを拡大していきました。

Q:電子ブック事業を通じてその成長に深く関わってきたスターティアラボとは、小友さんにとってどんな存在なのでしょうか?

小友:

「20代のすべて」ですね……。私にとっては、20代のすべて。

今でも忘れられないエピソードがあるんです。私の30歳の誕生日に、朝礼で私の顔が書かれたTシャツを皆がこっそり中に着込んでいて、一斉に上着を脱いで周りがすべて私の顔だらけになるというサプライズプレゼントを贈られたんですよ(笑)。これまで生きてきた中で、一番うれしい誕生日でした。

《 編集後記 》

「売れない営業」として悶々とした日々を送っていた新人時代の小友さん。顧客課題を解決するための手法として電子ブックの価値を見出してからは一気にトップセールスに上り詰め、スターティアグループ初の自社商品開発を担当するというチャンスをつかんだ。その後はActiBookを中心に取り扱うスターティアラボの中心人物として、取締役へとキャリアアップしていく。

 

第2回では、家業である小友木材店での取り組み、そして岩手・東京にまたがるパラレル経営者となった経緯を詳しく伺う。

 

取材・記事作成:多田 慎介・畠山 和也

専門家:小友 康広

1983年2月13日、岩手県花巻市生まれ。大学卒業後の2005年にスターティア株式会社へ入社し、新規事業「ActiBook」の立ち上げと東証マザーズ上場を経験。2009年、スターティアの100パーセント子会社として設立されたスターティアラボ株式会社の執行役員に就任、2011年より取締役(現職)。2013年、地元花巻で110年続く家業・株式会社小友木材店の専務取締役に就任、2014年より代表取締役(現職)。2015年、花巻市中心市街地のリノベーションを通じて街づくりに取り組む株式会社花巻家守舎を設立し、代表取締役に就任(現職)。