アドバイザーとして、個人投資家として、常時30社へ経営参画する山口豪志さん。クックパッドやランサーズなどに勤務し、「世の中を変える」ウェブサービスを展開してきた経験から、マーケティングや事業開発、広報・PRなどの幅広い分野でベンチャー経営を支援しています。
本インタビューでは、高い専門性を持つビジネスノマドとしての山口さんの哲学に迫ります。数多くの企業に関わる山口さんは、どのような基準でパートナーを選んでいるのか。限られた自分自身のリソースを、いかにして最大化しているのか。その答えから、ビジネスノマドという生き方の本当の魅力が見えてきました。
「原理原則の横展開」で、複数企業の課題を同時に解決できる
Q:山口さんはビジネスノマドとして複数の企業経営に関わっていますが、ご自身では働き方の軸をどのように置いているのでしょうか?
山口豪志さん(以下、山口):
今の世の中の常識から考えると珍しい働き方かもしれませんが、私自身の軸は何も変わっていないんです。昆虫博士を目指していた学生時代以降はずっと「研究者を助ける事業がしたい」と思っていて、そのアプローチ対象や手段が幅広くなってきているという感じですね。
私にとっては、働き方はあくまでも手段。「1社で1つ」のプロジェクトが、社会にどれぐらい影響を与えられるのかということを常に考えています。世の中を変えていこうと思えば、1社だけ、1つのプロジェクトだけといった「点」のみに関わるのではなく、複数の企業・プロジェクトへ横断的に参加していく必要がある。私の今の働き方であればたくさんのベンチャーに関わり、「点」の絶対数を増やすことができます。そうした点の集合でできていく「面」で社会を動かすことが面白い。今では、1社で3年活動すればそこそこの規模に拡大させる自信があります。同じ3年間という時間で同時に10社に関わる事で、もっと大きく世の中を変えられるだろうという発想なんです。
かつて在籍していたクックパッドもランサーズも、将来の起業を意識して「ベンチャーだから」入ったわけではありません。世の中を変えていけそうな面白いビジネスモデルを展開する企業が、たまたまベンチャーと呼ばれていただけで。
Q:今回のインタビューでもたびたび出てきましたが、「経営者を目指す」という発想はまったくなかったのですね。
山口:
はい。これまで、経営者を目指したことは一度もありません。私の興味関心ごとは、「人や生き物の営み」そのもの。人々の営みがどう変わっていくのかを観察し、そこにある原理原則を見つけることを楽しんでいます。そのための手段として、経営者になることはまったく必要ないんです。
原理原則を見つけるという意味では、ビジネスも同じですね。どんな事業体であっても、組織や仕組み、人事評価、効率など、さまざまな問題を抱えています。それをどうやってクリアしていくか。根本的な原理原則を見つけ、横展開していけば、驚くほどにさまざまな企業の課題を同時解決することもできます。
Q:たくさんの会社に同時に関わっているからこそできることですし、そもそも「それがやりたいからやっている」という感じですね。
山口:
まさにそう。やりたいからやっているんです。
それだけではなくて、「好きな人と好きなことをやる」が当たり前になります。こんなに楽しいことはないですね。会社組織に所属していると、良くも悪くも「やるべきこと」が降ってくるじゃないですか。「これを明日までにやっておいて」とか、「このお客さんを担当して」とか。そこで「いやです。そのお客さんのことが好きじゃないので」なんて、会社に所属していたら言えないですからね。
「お金を払っている立場だから偉い」という人は無視。支援先の判断軸とは
Q:いろいろな企業を見ている中で、「正直なところ、まったく面白くない」と思うビジネスモデルもありますか? 山口さんはどんな基準で力を発揮する場を選んでいるのでしょうか?
山口:
面白くないと思うビジネスモデルは、もちろんありますよ。そこは、最終的には「人」の問題なんだと思います。私が「3年間コミットすればそこそこの規模に拡大できる」と言うのは、大仰な言い方になりますが、私が経営者に力を授けるということです。その経営者に力を授けていいのかどうか、その判断は私がする。「この人を強くしていいのか」と考えるわけですね。強くしたい、応援したいと思えば全力でやるし、この人に力を与えてもロクなことにならないと思えばやめる。そういう判断軸を自分で持てるというのは、とても幸せなことです。
もう一つ、これは一部の日本人の変な特性だと思うんですが、「俺はお金を払っている立場だから偉い」と考えている人がいますよね。コンビニやタクシーなどのサービスを利用するときにも横柄な態度を取る。そういう人を見ると、言葉は悪いですが「ちょっとバカなのかな?」と思ってしまいます。お金の対価としてサービスを提供してくれる人というのは、ありがたい存在ですよ。横柄な対応をする経営者が嫌いだとまでは言いませんが、それをされるのも端で見ているのもつらいので、無視します。これは自分の中で大切にしている価値観ですね。
一方で、とても好きになれる人たちともたくさん出会うので、活動を続けるに連れてつながりの絶対数は増え続けています。今は常時30社ぐらいの企業とお付き合いしています。
Q:常時30社というのはすごい数だと思いますが、ご自身のリソースの限界は決めていないのですか?
山口:
特に決めていません。もちろん、1日24時間の中で飲み食いしないといけないし寝なければいけないので物理的な限界はありますが。肉体的・精神的な健康を害することのない範囲で、楽しいことや面白いことには結構夢中で取り組んでいます。
ただ一つだけ決めていることがあって、クライアント先にコンサルタントとして入るときには、原則「実稼働」を担当しないようにしています。私自身が「企画書を書きます」とか「実際の運営に当たります」と約束してしまうと、結果的に相手に迷惑をかけてしまうので。絶対に必要な要件だけは自分が担当し、他は社員の方に動いていただくようにしています。フリーハンドの状態でいることで、自分自身の自由な発想が制限されないようにしているんです。
Q:クライアントから「もっと現場に入り込んでほしい」と要望されることはありませんか?
山口:
ありますよ。その場合は別の解決策を提案します。ほとんどの業務は、プロセスをすべて可視化することによってクラウドソーシングで対応できるんですよ。これは、ランサーズにいたからこそ話せることでもあります。
例えばこのインタビューもそうです。逆の立場で、私がインタビュアーだとしますね。話を聞き出すという技術はインタビュアーとして必要不可欠ですが、テープ起こしだったり、記事の構成・修正だったり、編集だったりという工程は全部アウトソーシングできます。本質的に必要な業務は「話を聞き出す」ことと「最終的なチェック」だけ。1人でインタビュー記事を作るというプロセスの、10パーセント程度の時間で完成させられるかもしれません。クライアントから依頼されることの大半は、プロセスを切り分けてみれば、必ずしも私がやる必要のないことばかりです。
専門家の周りに、新たな専門家が続々と生まれていく
Q:そのようにアウトソーシングできる案件が増えていけば、結果的にフリーランスや副業などの自由な働き方で稼げる人も増えていきますね。
世の中全体で見ても、こうした変化が起きていくのでしょうか?
山口:
そうですね。まずはスペシャリティーを持つ人たちの数が増えると思いますよ。「専門家」と言われる人たち。例えば、クックパッドには中華やイタリアンなどのジャンル別に「料理の専門家」がいました。そこから派生して、「一人暮らしの男性向け料理」とか、「20代の女性が彼氏に送るためのチョコレート」とか、テーマがどんどん細分化されて新しい専門家が誕生していったんです。
こうした変化は、ビジネス全般で起こると思っています。企業の課題は、創業初期とミドル、上場後といったフェーズによってまったく異なります。オーナー企業ならではの問題もある。そうした個別課題の一つを専門領域とするコンサルタントも必要でしょう。そのコンサルタントをサポートするような人材がいれば、サポート経験自体が知見となり、新たな専門性を獲得していく可能性もあります。
そのようにして、専門家の周囲でドミノ倒しのように新たな専門家が生まれ、こまかく分岐したプロフェッショナルとして稼いでいけるようになるでしょうね。
Q:ありがとうございます。山口さんは今後、どのような活動を展開していくお考えですか?
山口:
「昆虫博士たちを増やしたい。彼らがそれで食べていける世の中にしたい」という思いに尽きます。
例えばバイオミメティクスの分野では、生物学と工学をうまく融合して「水を弾く繊維」「水を弾いてすぐに乾くタイル」などの新たなプロダクトが開発されています。生き物が作り出すプロダクトには、人工物では絶対に敵わないような強みがあるんですよ。
そうした自然界の恩恵を人類はもっと生かすべきだし、生かせるポイントはまだまだあると思うんですよね。生態学や昆虫学は、これまでは「全然お金にならない」分野でした。でもその基礎研究があったからこそ、あっと驚くようなプロダクトが誕生しているんです。私はそこに光を当てたい。そのために、自分自身はビジネスの世界で成功を積み重ねたいと思います。それはお金であり、ネットワークであり、信用であり……。その過程で私の回りに新たな専門家が誕生し、ともに活躍できるようになれば、これ以上の幸せはないですね。
取材・記事作成:多田 慎介