相次ぐ企業不祥事の原因として身内の論理がクローズアップされるたびに、コーポレートガバナンスの充実が叫ばれ、社外の視点を入れるために外部人材活用の流れが加速している中、「社外取締役」への注目が高まっています。2014年6月に成立した「会社法の一部を改正する法律」では実質的な社外取締役の設置の義務化が唱えられました。
企業価値を向上させるための人材として期待される社外取締役。社外なら誰でもいいのかという議論がある中、現実的に企業はどのように対応しているのでしょうか?コーポレートガバナンスの専門家である公認会計士の河江健史氏にお話しを伺いました。
『【コーポレート・ガバナンス】社外取締役設置の義務化の流れにみる外部人材活用の加速化 (前編)』 では、今回の社外取締役の設置の義務化について、社外取締役を設置していない場合に、「相当ではない理由」の説明が必要になった経緯やこれらのトレンドをどうとらえるかについて解説いただきました。
後編は、各企業はどのように実務対応したのか、「相当ではない理由」への取り組み事例として株式会社キャンバスの事業報告の記載を解説頂きます。
社外取締役を設置していない場合の「相当ではない理由」への取り組み状況
Q:「相当ではない理由」への説明については、頭を悩ませている状況なわけですね。実際のところ各企業はどのように対応しているのでしょうか?
公認会計士 河江健史さん(以下、河江):
現時点では、事例がかなり出揃ってきました。ただ、不十分な可能性があると立法担当者が指摘していた、現体制の十分性や適任者不在を、相当でない理由として記載してしまっているものも存在しています。
その一方で、社外取締役の新たな設置が必要となる監査役会設置会社から、社外監査役を社外取締役としてスライドさせることで対応させることが可能な監査等委員会設置会社へ移行する企業も、かなりの数になっています(1) 。もっとも、社外取締役が見つからないことが、監査等委員会設置会社に移行する理由ということではないとは思いますが。
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(1)監査等委員会設置会社については、監査役会設置会社よりも、社外役員が1名少なくすむことから、人材確保の面や、役員報酬という費用の面でメリットがあるという指摘がある。
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そんな中、株式会社キャンバス(4575)が、社外取締役を置くことが相当でない理由に対して、真っ向から取り組んだ興味深い事業報告を提出しております。以下、長くなりますがご紹介したいと思います。
なお、こちらの会社は6月決算の会社でありますので、3月決算の動きを見た上で動くことが可能だったわけですが、他社事例も多数存在する中、それでも真っ向勝負を挑んでいることから注目しました。
“当社は、本年5月1日施行の改正会社法において条文追加された社外取締役の選任、ならびにこれにより期待されているコーポレートガバナンス強化の意義について一般論として異論を差し挟むものではありません。しかしながら、当社が現時点において社外取締役を置くことの相当性については、一般論とは別に、当社の現状を踏まえ個別具体的に検討を要すると考えます。
当社の現状は、研究開発段階にあって継続的に営業損失と営業キャッシュフローのマイナスを計上している小規模企業であります。そのため、従業員数も最少数で事業の運営に当たっているのみならず、役員についても、常勤取締役3名(全員が業務執行取締役)・常勤監査役1名および非常勤監査役2名(全員が社外監査役)の最小体制で取締役会および監査役会を運営しています。このように管理コストを最低限に抑制していくことは、当社の現状からみて必然性の高い選択であると考えています。
また当社は、取締役および監査役の全員が当社の事業および組織の特性を知悉していることを活かし、会計監査人と連携を取りつつ、少人数でありながら機動性と実効性の高いリスク管理体制・コンプライアンス体制・内部監査体制を確立できています。社外取締役の設置は、現状のバランスを打ち消す方向に働きかねません。
さらに、当社は「創薬」という外部からは理解しづらい面の多い特殊な事業のみを営んでおり、かつ、開発パイプラインにある化合物も少数であるという特徴があります。現時点で当社が採り得る経営判断や中長期の経営上の選択肢はおのずから限られている上、研究開発の遂行に必要とされる独立性・客観性の高い意見については見識の高い専門家により構成される科学顧問会議からの聴取を随時実施していることから、社外取締役に期待される外部からのアイディア・独立性の高い意見による当社のパフォーマンス向上への期待は、一般的に想定されるよりも小さいものと考えられます。独立行政法人経済産業研究所ディスカッションペーパー『日本企業の取締役会構成の変化をいかに理解するか?』(宮島・小川)においても、当社のような情報獲得コストの高い(外部からは理解しづらい特殊な資産や技術を有する)事業特性を持つ企業においては社外取締役に期待される監督や助言が企業価値向上に貢献する効果は比較的小さいばかりか、むしろ逆の効果が観察されることが指摘されています。
一方で、冒頭に記したとおり独立性の高い社外取締役を選任することの意義について当社は十分に理解しており、上記のようなデメリットを覆し当社のより良質な経営判断に寄与するような社外取締役候補の人選につとめております。しかしながら現時点において、これに相当する適任の人材は見つかっておりません。適任でない社外取締役を置くことは上記のような当社のバランスの消失とデメリットの増加につながることから、当社は、現時点において、当社に社外取締役を置くことは相当でないと判断しています。
したがいまして、当社は現時点では社外取締役を置いておりませんが、将来において社外取締役を起用し、または監査等委員会設置会社への移行を実施する可能性について、引き続き前向きに検討する所存です。”
Q:この事業報告の記載についてはどのように受け止められていますか?
河江:
まず大きな構成として、現時点と将来時点を分けて検討している部分が印象的です。制度上、事業年度末日が基準ですので現時点について触れる必要はあります。その上で、現時点ではデメリットが多いことを挙げつつ、将来における起用の可能性は否定していません。
そして、相当でない理由としてのデメリット記載部分で、外部資料に基づき「当社のような情報獲得コストの高い事業特性を持つ企業」として個別事情を反映させているのが目を引きます。単なる独自見解ではなく、外部の意見を踏まえて説得力を高めている姿勢は評価されるのではないでしょうか。
最後に注目しておきたいのは、社外取締役の適任者がいないという部分です。基本的に、適任者不在というのは、相当な理由として不十分という話が出ていることは、先ほど述べたとおりです。
Q:単なる適任者不在ではないということでしょうか?
河江:
社外取締役の導入にあたっては、社外取締役なら誰でもよいのか?という議論がありました。「適任者」といったときに、独立性だけで判断するのか、能力的にも検討して判断するのかということです。
その目線で改めて読みますと、「社外取締役を置くことが相当でない理由」を「適任でない社外取締役を置くことが相当でない理由」として説明していることがわかります。当社にとって適任の社外取締役は見つかっていない、ただし当社にとって適任でない社外取締役は多数存在する、しかし適任でない社外取締役を採用することは当社にとってはデメリットになってしまう、よって社外取締役を置かないこととする、といった構成になるでしょうか。
こうなりますと、現時点については社外取締役を置かない理由を説明できるとして、社外取締役自体は否定していませんから、将来における起用の可能性については否定しないことになります。
企業価値を毀損してしまう社外取締役は論外なわけですが、企業価値向上につながるような社外取締役をいざ探そうとすると、本事例に記載されているように適任者は中々いないのかもしれません。
今後の動き。ガバナンス向上のために社外取締役は推進
Q: 適任な社外取締役というのは見つけることも評価することも難しいですね。今後はどのような動きになっていくのでしょうか?
河江:
興味深い動きとして、Institutional Shareholder Services Inc.が2015年10月26日に公表した「ISS議決権行使助言方針(ポリシー)改定に関する日本語でのオープンコメントの募集について」における、取締役会構成要件の厳格化の部分を指摘しておきたいと思います。
「2016年2月開催の株主総会から、取締役会に複数の社外取締役がいないすべての企業の経営トップに反対を推奨します。」
ということで、複数の社外取締役を置いていないすべての企業について、厳しい姿勢で臨むことを予定しているようです。その意味で、社外取締役を置くようにという圧力は弱まることはないといえるでしょう。
ただ、ポリシー改定の意図と影響の箇所において、「社外取締役に独立性を求めた場合、企業が候補者を選ぶにあたり形式上の独立性にのみ注力し、候補者の資質が軽視される可能性があるとの意見」があることが記載されています。自分は不正対応として不詳事象が発生した企業の調査をすることもあるのですが、取締役会が機能不全に陥っている場面では、名ばかりの社外役員がまったく監督していなかったという状況によく遭遇しました。
そういう意味では、独立性だけは確保しているが、能力や資質がない者を敢えて社外役員として選任することで、逆に不詳事象が発生しやすくなってしまうおそれもあります。(機能不全の)取締役会で承認をもらった、を錦の御旗として暴走されないような仕組みが必要不可欠でしょう。
Q: コーポレートガバナンス強化の専門家として、どのような相談が寄せられますか?どのようなアドバイスをされているでしょうか?
河江:
社外役員になれる人材がいないかというお話は、やはりよく頂戴します。
ただ、先ほどから何度も話題になっていますが、独立性と能力の問題はやはり根深くあると感じています。
そんな中で、能力的に適任者が確保できないならば、まずは独立性を有している人材を確保し、就任後に適任者になっていってもらうような仕組みは重要なのではないかと、お話することがあります。
個人的には、社外取締役にとって必要なのは、独立性は当然のこととして、就任後に適任者になっていこうとする姿勢の有無なのかもしれない、そのように感じております。
<出典>
公認会計士。東京北斗監査法人(現仰星監査法人)を経て独立。証券取引等監査委員会課徴金・開示検査課(現開示検査課)を経験し、日本公認会計士協会東京会中小企業支援対応委員会委員を務める。
専門分野は、不正対応、フォレンジック会計、開示支援、内部管理体制構築支援、M&A支援etc
著書として『内部管理実務ハンドブック第4版』(中央経済社)『リスクマネジメントとしての内部通報制度:通報窓口担当者のための実務Q&A』(税務経理協会)『臨時報告書作成の実務Q&A』(商事法務)、国税庁「税務に関するコーポレートガバナンスの充実に向けた取組み」徹底対応税務コンプライアンスの実務』(清文社)等
ノマドジャーナル編集部
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