前回に引き続き、公認会計士で活躍中の江黒氏に、個人として仕事をするために大切にするべきことは何かをインタビューします。
独立開業直後に仕事がないのは、専門性が高い公認会計士のような士業でも同じのようです。そんな中、江黒氏はどうやって仕事を増やしていったのでしょうか。
初めての仕事は偶然の再会から
Q:独立開業後、初めての仕事は偶然だということですが、具体的に教えてください。
江黒崇史さん(以下、江黒):
ちょうど独立の時期に、とある会社が大きなイベントを開催していたのです。
平日の2日間を使う大規模イベントで、独立前であれば、こういうイベントには、時間的な制約から、なかなか参加できませんでした。
独立して自分の裁量で時間を使えるようになり、こういったイベントにも参加できるようになったのです。
実際にイベント会場に着き、適当な座席に座ってみると、目の前になんとなく見覚えのある方々が並んでいました。
その方々はなんと、以前に所属していた会計コンサルティング事務所に財務DD(デューデリジェンス)業務を依頼してくれていたクライアントの方々だったのです。
Q:展示会などのイベントでクライアントの方と会うというのはよくありますよね。
そのイベントはとても大きな会場で開催していて、座席も自由になっているイベントでした。それにもかかわらず、「目の前に以前仕事をいただいたクライアントの方がいらっしゃる」という偶然に本当に驚きました。
さらに、その方々が口々に「あっ、さっきの話、江黒さんに相談すればいいじゃない」「そうですね。江黒さんでいきましょうよ」と言って盛り上がっているのです。
「何かあったのでしょうか?」と恐る恐る聞くと、
「実は先程とある会社を買収することを決めたのですが、どなたかに財務DDを依頼しなければと考えていたのですよ。江黒さんなら以前いい仕事をしてくれたので、今回もぜひお願いしたいなと思って」
とおっしゃるではないですか!
これには本当に、なんという奇跡なのかと呆然としてしまうほどでした。私の第1号案件は、こうして誕生したのです。
独立する会計士は、「最初の半年は無職を覚悟しなさい」
Q:その後の仕事も、やはり以前の仕事でのつながりだったのですか?
江黒:
そうですね。やはり、独立後の仕事として大きいのは、独立前に一緒に仕事をしていた方々からの依頼だと思います。
私の場合も、以前仕事をした方々から、「自社と競合他社の財務分析依頼」「社外監査役の依頼」「会計コラムの執筆依頼」など、さまざまな相談を受けられるようになりました。
一般的に、独立を決めた公認会計士には「最初の半年は無職を覚悟しなさい」というようにくぎを刺されることが多いです。
そんな中、1ヶ月程度でさまざまな依頼をいただけた私は、本当に幸運でした。これらの仕事の相談も、独立前から付き合いのあった方々との「ご縁」だと実感しました。
独立後の営業は「信頼できる人」という自分のブランド作りから
Q:前職でどれだけの「ご縁」をつくるかで、独立開業後の仕事量が変わってくるのですね。それは、独立後も同じなのでしょうか。
江黒:
独立したら、自分で仕事を作らなければいけません。その際に重要になる「営業力」は、すべて「人とのご縁」から成り立っていると思っています。
むしろ、人とのご縁は、最も大切なことだと言っても過言ではないくらいです。たとえいくら専門家として超人的な知識や実績があったとしても、人とのご縁がなければ仕事はやってきません。
人とのご縁は、「人脈」とも言えます。人脈のつくり方は人それぞれですが、まず前提となるのは「信頼できる人」という自分のブランドを作ることだと思います。
Q:信頼というと、やはりなにか凄い成果を残す必要がありますよね? どうやって信頼できる人というブランドを作るのですか?
江黒:
そんなことはありません。なにも凄いことをしなくても大丈夫です。なぜなら、当たり前のことを当たり前にすることこそ、信頼関係の構築には最も重要なことだからです。
私が仕事をしていて驚いたのが、あるクライアントから「江黒さんはいつも時間ぴったりにお越しいただきますね。以前の会計士の先生は5~10分遅れて来るのが当たり前だったので、時間通りに来ていただけることに驚きました」と言われたことです。
相手と約束した時間どおりに現場に行くのは、本来当たり前のことのはずですが、仕事を「依頼される」側に立つ会計士の立場では、なぜかできなくなってしまう人がいるようです。
どうしても万が一遅刻してしまいかねないという時には、必ず事前に連絡します。「5~10分ぐらいなら遅れても大丈夫」と考えている人もいるようですが、それは相手に対してとんでもなく失礼なことだと思います。
信頼を得るには、当たり前のことをきちんとする意識が大切だと考えています。
Q:なるほど。「時間を守る」というビジネスで当たり前のことを当たり前にやっていくことから信頼が生まれるわけですね。他に人脈をつくるために大切にしていることはありますか?
江黒:
当たり前のことをきちんとすると同時に、目の前の仕事に全力を注ぐことも大切だと思います。
仕事への熱意や情熱は必ず周りの人に伝わります。熱意や情熱がきちんと伝われば、周囲から一目置かれる存在になり、仕事の相談も増えていきます。仕事への熱意や情熱が人間としての信頼につながり、人脈づくりの礎となるのです。
「人脈」は、その人の「ブランド」でもあります。ブランドができれば、独立しても転職しても仕事に困ることはありません。
名刺を集めても仕事の依頼は得られない
Q:これから独立や転職を考えている方も、目の前の仕事は全力で取り組むべきということですね。
江黒:
おっしゃる通りです。
今まで、多くの方から転職相談や独立相談をいただいてきましたが、中には、「単に今の環境から逃げたい」という理由で転職や独立を考えている方もいました。
正直に言うと、そのような考えでは転職や独立をしてもうまくいかないでしょう。今の職場から逃げるために転職しても、いつまた同じような状態に陥ってしまうか分かりません。
転職することで本来の問題から逃げる癖がついてしまうと、次に同じ課題に直面したときに、また「逃げる」ことになりかねません。これでは根本的な解決にはなりません。
そうならないためにも、まずは今の問題から逃げるのではなく、目の前の仕事に真剣に取り組んでください。問題に直面したら、その問題の解決のために主体的に行動しましょう。熱意が伝われば、周囲の人も自分のために動いてくれるようになるはずです。
名刺を沢山集めて「私は人脈があります。」とおっしゃる方もおりますが、名刺を集めても仕事の依頼を得ることは難しいでしょう。
仕事に全力で取り組み実績を作ることで「●●さんにまた仕事を依頼しよう」となります。そのような信用がブランドとなり、人脈につながっていくのだと思います。
つづく
取材・記事作成:畠山 和也
大学卒業後、公認会計士として大手監査法人において製造業、小売業、IT企業を中心に多くの会計監査に従事。
2005年にハードウェアベンチャー企業の最高財務責任者(CFO)として、資本政策、株式公開業務、決算業務、人事業務に従事するとともに、株式上場業務を担当。
2005年より中堅監査法人に参画し、情報・通信企業、不動産業、製造業、サービス業の会計監査に従事。またM&Aにおける買収調査や企業価値評価業務、TOBやMBOの助言業務も多く担当。
2014年7月より独立し江黒公認会計士事務所を設立。
会計コンサル、経営コンサル、IPOコンサル、M&Aアドバイザリー業務の遂行に努める。
専門家と1時間相談できるサービスOpen Researchを介して、企業の課題を手軽に解決します。業界リサーチから経営相談、新規事業のブレストまで幅広い形の事例を情報発信していきます。
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