本連載は、企業会計の初心者の方や企業会計が苦手な方向けの、専門用語の知識不要の企業会計連載です。
第2回は、在庫とキャッシュの密接な関係についてです。製品を完成しても売れないことには、在庫として保有することとなり、仕入れに要したキャッシュを回収することはできません。適正な在庫量が、必要なキャッシュを手許に確保するためには重要となります。必要以上に在庫を持ちすぎることの2つのリスクとして、「デッドストック」と「スリーピングストック」があります。さらには、在庫を多く保有することのメリットとデメリットに触れ、ビジネスモデルや自社の立場、状況に応じた在庫保有のあり方について説明します。
仕事の合間のコーヒーブレイクに読んで頂ければと思います。
尽きない在庫の悩み
今回は在庫とキャッシュが密接な関係にあることを述べます。手始めに製造業を例として説明を始めます。製造業の業務の流れとしては、はじめに製品を製造するのに必要な原材料を仕入れます。ここでキャッシュが必要です。原材料を仕入れた後に、製品の生産、製品の完成となり顧客に対して納入となります。この一連の流れにおいて、仕入れた原材料、製造途中にある仕掛品、完成した製品のすべてを在庫として扱います。そして、納品先へ出荷をすることで、原材料の仕入れに要したキャッシュを回収することが可能となります。
言い換えれば、製品を完成しても売れないことには、自社の倉庫に製品を在庫のまま保有することになり、仕入れに要したキャッシュを回収することはできないのです。従って、適正な在庫量にすることが、必要なキャッシュを手許に確保するために重要な課題となるのです。
「デッドストック」と「スリーピングストック」
過剰在庫と言う言葉を聞かれたことがあると思います。必要以上に在庫を持ちすぎることには企業に2つのリスクがあります。
1つ目は、「デッドストック」です。未来において使える見込みのない原材料や売れる見込みがない商品のことで、キャッシュ化ができない在庫です。「死蔵在庫」とも言います。在庫の保有期間が長期となると品質劣化や陳腐化を招き、使えない原材料や売れない商品となってしまうことがあります。生鮮食品であれば時間の経過とともに新鮮さを失い、やがては商品価値を失います。スマートフォンやパソコンに代表される情報通信の分野では技術進歩の加速により、新商品が登場してから市場ニーズに合わない商品になるまでの期間はますます短くなっています。
「デッドストック」に陥ると在庫をキャッシュ化できないばかりではなく、在庫の廃棄でもコストが必要となることがあります。「デッドストック」になる前に在庫を安売りして仕入れに要したコストを回収することも可能ですが、当初の見込み通りに利益を得ることは出来ないことになります。ときとして、取引先企業の経営不振により製品が売れなくなることがあります。大手自動車メーカーの不祥事により、自動車の生産量が大幅な減少となり、部品を供給している企業が大量の在庫を抱える事態になっています。
2つ目は、「スリーピングストック」です。原材料として使える可能性や商品として売れる可能性あるが、それを実現するまでに長時間を要する可能性が高い在庫のことで「眠り在庫」ともいいます。「スリーピングストック」になるとキャッシュの回収時期の見込みが立たない事態となります。デッドストックとは区別されますが、在庫をキャッシュ化できるまでの期間が長期となるので企業会計においては好ましいとは言えません。また、在庫を保有するには、在庫量に応じた広さの倉庫の賃貸料や維持管理のコストが必要なので、「スリーピングストック」は企業にとって、負担となります。
在庫は少なければ良いのか?在庫は商機を逃さないための投資
在庫を少なくすれば短期間で在庫をキャッシュ化することが可能となり、前述した在庫に対するリスクを小さくすることができますが、果たして在庫を少なくすることが最善の策なのでしょうか。
ここで、今どうしても欲しい商品があると想定してみて下さい。日ごろ利用しているお店に行ったところ品切れであったとします。すると、他店に行ってでも欲しい商品を手に入れようとすると思います。お店の立場とすれば品切れであることが、商機を逃すことになっているのです。要するに在庫の所有に要したコストは商機を逃さないための投資とも言えるのです。今すぐ欲しい商品がないことには、お客さんにとっては価値がないのです。
青山に人気店となっているタルトのケーキ店があります。当店では、在庫を切らしてしまったケーキを求めているお客さんには、ケーキをそのときに作って提供しています。完成したケーキがなくとも、ケーキの食材を在庫することで商機を逃す事態を回避しています。他の種類のケーキで代替えは可能ですが、多少の待ち時間を要するにしても、お客さんの望むケーキを提供できることは、お客さんにとっての満足度を高めることになります。ひいてはお客さんとの関係性を深めることにもなります。
アマゾンのビジネスモデルの特徴として豊富な品揃えがあります。アマゾンのビジネスモデルを巨大な倉庫業とたとえて言うこともあります。従来、商品全体の2割が8割の売り上げを生み出していると言われ、その2割の商品は売れ筋商品となるので重要品目とされてきました。アマゾンのビジネスモデルは、それのアンチテーゼとなります。アマゾンでは、売れ筋商品とされていなかった8割の本も品揃えとしたのです。売れ筋商品とされていない本は、街中の大型店でも手に入らないことがあります。一方、アマゾンでは大型店においても手に入らないような本であっても欲しいときに手に入るのです。アマゾンのロゴには、AからZにつながる矢印があります。これは、AからZまで何でも商品が揃っていることを意味しているのです。
在庫についてのメリットとデメリット
ここまでの在庫に対するメリットとデメリットを整理すると下記のようになります。
在庫が多い
- メリット・・・お客さんの要望に即応できる。商機を逃さない。
品揃えの多さがお客さんにとっての価値となる。 - デメリット・・・使うことのない原材料や売れ残りを生じさせるリスクが高まる。
在庫の保有にはコストがかかる。
在庫が少ない
- メリット・・・使うことのない原材料や売れ残りを生じさせるリスクを軽減できる。
在庫の保有にかかるコストを小さくする。 - デメリット・・・在庫切れとなって、商機を逃すリスクが高まる。
在庫戦略は千差万別
在庫のあり方は、企業により百社百様です。
希少な原材料を使用するのであれば、在庫量が多くなるにしても、手に入る機会に多く仕入れることが得策となります。価格変動が大きい原材料を仕入れるのであれば、相場によって仕入れる量を調整します。原材料を提供する企業との力関係も仕入れの判断に影響します。受注してから原材料や商品を仕入れることで在庫を持たなくすることもあります。飲食店では注文を受けてから調理することになりますが、需要予測をして食材を仕入れておく必要があります。
独占的に市場を支配できているのであれば、商品の在庫量が少なく品切れとなっても他社にお客さんを奪わることはなく、商機を逃すことはないかも知れません。あるいは、独占的に市場を支配できているとしても代替え可能な商品が市場に流通していれば、商品の在庫切れが他社にお客さんを奪われる要因になり得ます。
このようにビジネスモデルや自社の立場、状況に応じた在庫保有のあり方があると言えます。
寿司屋はどうしてランチも営業するのか
寿司屋での主たる食材は生の魚介類です。鮮度や上品な味わい、ネタの色合いなどが重要であることは述べるまでもないと思います。その分、仕入れた食材に商品価値がある期間は限られます。高級店であれば、なおさらのことです。食材が使える期間が短いとなれば、その分だけ廃棄する食材が増えることになり、仕入れなどに必要なキャッシュを得ることができなくなります。そこで、ランチの営業をして廃棄せざるを得ない食材を生み出さないようにしているのです。安価な価格での提供であっても、食材を無駄にするリスクを軽減し、キャッシュを得る機会となります。
閉店時間に近い時間帯だからといっても、売り切れているネタばかりだとすれば、お客さんはがっかりすることでしょう。いつお店に訪れてもネタが揃っていてこその寿司屋の価値です。閉店時間に近い時間帯において売れ残りがないようにして、無駄な在庫を生じさせなければ良いとするのは、お店の都合でしかありません。お客さんにとっては、種類の多いネタが揃っていて、好きなネタを選べることも重要な価値なのです。筆者が利用する寿司屋では、来店客に提供するネタが少なくなり過ぎないように出前の注文を断ることがあるほどです。
企業会計の観点からは在庫は少ない方が良いと言えますが、ビジネスモデルによっては、在庫が少ないことが必ずしも適切とは言えないのです。
明治大学卒業。中小企業診断士、社会保険労務士、宅地建物取引士、2級ファイナンシャル・プランニング技能士。
東京都中小企業診断士協会 城北支部所属、ビジネスイノベーションハブ株式会社 取締役、シュー・ツリー・コンサルティング パートナー、イー・マネージ・コンサルティング協同組合 組合員、日本マーケティング学会会員、人を大切にする経営学会会員。
活動分野はIT、ビジネスモデル、デザイン思考、地域活性化。
大手システム会社を6年間勤務した後、独立してフリーランスで活動、数多くのプロジェクトに参画。ITを有効活用した中小企業の経営革新を実現するために、ビジネスモデルの研究やコンサルタント、執筆、セミナー企画、セミナー講師などの活動を行う。地域誘客プロジェクト立ち上げや商店街支援など、地域に根ざした活動もしている。 主な執筆、小さな会社を「企業化」する戦略(共著)、新事業で経営を変える!(共著)、「地方創生」でまちは活性化する(共著)、地方創生とエネルギーミックス(共著)。
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