「新しい働き方」と「オープン・イノベーション」は今、地方の中小企業が新たな活路を見出すために欠かせない要素となりつつあります。本連載では「”人”が変える地方創生」と題して、この2つの潮流についてじっくりお伝えしてきました。

 

第12回では、リクルートグループでの20年以上にわたる経験を生かし、人材採用ノウハウを展開して地方の活性化に取り組む伊藤華代さんにお話を伺います。「働く」ことへの価値観が多様化する中、伊藤さんはどんなプロセスで採用活動を支援しているのか、そして地方企業の活性化にはどのようにつながっているのか、じっくりお聞かせいただきました。

 

*本記事はサンケイビズの連載「”人”が変える地方創生」との連携企画です。サンケイビズの記事についてはこちらから

「何が問題なのか分からない」採用活動の失敗

Q:伊藤さんは首都圏だけでなく、地方企業の採用活動も支援されていると伺いました。さっそくですが、実際の事例について教えてください。

伊藤華代さん(以下、伊藤):

例えば、地方の優良メーカーで国内のみならず海外でも名前を知られる企業からの依頼がありました。私も以前からよく知っている企業でした。そのため、個人的にもとても興味があり、お話をいただいてからは、最初の打ち合わせに向けてワクワクしていたんです。

 

初回の先方役員との打ち合わせでは、さらなる成長のために人材をもっと採用していきたいという強い意向を感じました。

Q:採用の支援の中身はどのようなものだったのでしょうか?

伊藤:

成長している企業で、店舗拡大を続けるの中での販売スタッフの募集の支援でした。商品プレゼンやデモンストレーションができる自社販売員の存在は、その企業でも売り上げ実績を大きく伸ばすための鍵となっていました。ただ、成長のためには大幅な採用が必要になっていました。

Q:十分な採用ができていない原因は明らかになっていたのでしょうか?

伊藤:

当初は、どうやってさらなる採用の強化をするべきかがつかめていませんでした。

 

これは多くの企業で共通することですが、採用が滞ったときに問題の特定が難しいというケースが非常に多いですね。とにかく人を増やさなければいけないけれど、採用ができず、にっちもさっちもいかない。経営陣は、この状態に陥って初めて「採用実務の課題が見えない」ということに気付くんです。

店舗数の拡大に合わせて、採用スタイルも変える

Q:まずは採用活動の実態を見に行かなければならないのですね。

伊藤:

はい。とは言え、ある程度事前に予測できる部分もあります。私はリクルートジョブズ時代に、長く流通業界や飲食業界、派遣業界などの大規模採用プロジェクトに携わってきました。多くの場合、問題点は共通しています。それは「必要な人数に対しての応募母数を確保できていないこと」「複雑だったり不要なものが多く含まれていたりする選考プロセスがあること」の2点。非正規雇用が多い業界では採用データが蓄積できていないことも多く、こうした問題に気付きにくいという側面もありますね。

 

特に店舗数が急拡大している企業には、こうした現象が起きがちです。一気に店舗数が増えれば、必要な採用人数も変わってきます。年に1人採用するのと100人採用するのとでは、方法論がまったく違う。本来は店舗数の拡大に合わせて採用プロセスも変えていくべきなんですが、現実にはなかなか難しいですよね。だから私が入っていくときには、「採用活動を本来あるべき姿に持っていく」ことを提案します。

Q:今回の企業さまでは、具体的にどのような取り組みを進めているのでしょうか?

伊藤:

まずは「集客の設計」、応募母数を拡大するための打ち手を提案しています。そのための第一歩が、地域によって異なる「地場の生活者目線」をリサーチし、理解することです。

 

地方によっては「地元を出たくない」と考えている人が非常に多いところもありますし、地域に限らず「仕事だけが人生のメインではない」という価値観で応募先を探す人も増えてきています。そうした志向性を理解し、働く人の場作りと事業発展を同時に実現するためにはどんな配置設計が最適なのか、ともに考えるようにしています。

 

よく例に挙げてお話するのですが、地方の大型商業施設では開業から2、3年が経つと人材が枯渇する傾向があると感じています。開業当初は「きれいな商業施設」に「東京で人気のお店」が集まり、さらに「託児施設もある」といったメリットを押し出して人を集められるのですが、地元の一定数の方々がそこで働いた経験談を周囲に共有することでネガティブ情報も広がり、新たに働こうと思う人が減っていくんです。そうした一つひとつのケースの裏側には、地元の生活者にとっての「働きたくない理由」があるはず。まずはそれを特定できるよう注力します。

Q:「選考プロセスの問題」とはどのようなことを指すのですか?

伊藤:

採用に関するワークフローに潜んでいる問題です。面接場所が遠い、面接回数がやたらと多いなど、応募受付方法が複雑だったり面倒だったりすると、当然応募者は減ってしまいます。社内体制についても、何枚も書類を提出する必要があるなど、現場での採用結果を社内報告することに時間がかかっているようなケースがよくあります。これだと柔軟に次の打ち手を動かしていくことが難しい。そうした問題は、できる限り不必要なプロセスを削って簡素化することで改善していきます。

 

とは言え、社内でずっと動かしてきたワークフローを変えることは簡単ではありません。そのため、採用現場や実務を担当する方々が本音で課題を打ち明けてくれるよう密にコミュニケーションを取り、「どのプロセスならすぐに変えられるか」を見極めています。地方企業については物理的に離れていることもあるので、電話やメール、各種のコミュニケーションツールも駆使して関係性を築くようにしています。

「女性×スペシャリスト」―ビジネスノマドの新たな可能性

Q:伊藤さんは長くリクルートグループにいらっしゃったと伺いました。独立に至るまでの経緯も、ぜひ教えてください。

伊藤:

リクルートグループで、20年以上にわたって採用支援を行ってきました。徹底的に現場に入り込み、採用実務における数値データや現場で携わっている方々の心情までを、これ以上はできないというところまで細かく追いかけられることが私の強みです。リクルートで積み上げてきた知見をより幅広く、フレキシブルに生かしたいと考え、独立の道を選びました。

Q:今回のように外部専門家として個人で活動することには、どんな手応えを感じていらっしゃいますか?

伊藤:

リクルートに所属していたときは、何だかんだと言っても組織の力やネームバリューが強かったんでしょうね。個人で仕事をし始めた当初は、「私が世の中に与えられる影響力はすごく小さくなってしまったんじゃないか」と感じたこともありました。

 

一方で、急成長に伴い採用が最大の課題となっているような企業は増え続けています。個人だからこそ自由に動けるし、さまざまな企業に関わることができる。これは独立して、外部専門家として同時に複数の企業に入り込むスタイルだからこそ実現できたことだと思います。

Q:ありがとうございます。最後に、今後の展望についてもぜひお伺いしたいです。

伊藤:

流通業界や飲食業界の企業へは、今後も特に力を入れて支援していきたいと思っています。同時に、働く人たちが非正規雇用を本当の意味で活用できるようにしていきたいですね。労働時間に制約がある人たちが働く場を探す際には、さまざまな雇用形態の中から自分に合ったワークスタイルを選べることが大切。今は待機児童問題がクローズアップされていますが、労働人口の構造を考えると、向こう数年以内には「家族の介護」によってフルタイムで働けない人が、ミドル層で急増してくるはずです。非正規雇用で正しく活躍できる人が増えるように、地方で頑張る事業会社を応援していきます。

 

また、異なる企業の人事担当者が集い、女性活用の可能性をオープンに考えるコミュニティーも作りました。私自身は5歳の子どもがいて、子育てと並行して働きながら独立準備などもしてきました。そんな経験を語りながら、「女性×スペシャリスト」「女性ビジネスノマド」というキャリアについても発信していきたいと考えているところです。

 

私個人や1社の力だけではできないことも、業界を牽引する数多くの企業が連携することで実現できるはずです。コミュニティー皆の力を合わせて、新たな可能性を見出していきたいですね。

 

取材・記事作成:多田 慎介

専門家:伊藤 華代

リクルートグループで採用にまつわる営業に約20年従事。派遣、外食、小売などの業界、顧客を担当。
売上構築、顧客提案についてMVP、ゴールデンシーガル、トップガンなど数々の表彰あり。
産育休を経て営業マネージャーから再度営業となり、結果を出す。
各社のリアルなコンディション把握を踏まえた現実味のある施策や改善の経験が強み。
3カ月で1万人のアルバイト採用や、採用率を倍増させた外食事業での採用プロセス改善など、
結果・数字にコミットした業務設計を行ってきた。
現在は採用設計、営業設計、組織活性をクライアントの状況にあわせて行う。