「新しい働き方」と「オープン・イノベーション」は今、地方の中小企業が新たな活路を見出すために欠かせない要素となりつつあります。本連載では「”人”が変える地方創生」と題して、この2つの潮流についてじっくりお伝えしてきました。

 

第13回では、ビー・エム・ダブリュー日本法人の立ち上げメンバーとして幅広い分野で活躍した経験を生かし、地方企業の新規事業開発や経営支援を展開する神谷恭一さんにお話を伺います。バブル崩壊後の厳しい時期に、全国を股に掛けてビー・エム・ダブリューの業績拡大に貢献した神谷さん。その豊富な経験と知見をもとに、地方企業の事業拡大を実現するための勘所を語っていただきました。

 

*本記事はサンケイビズの連載「”人”が変える地方創生」との連携企画です。サンケイビズの記事についてはこちらから

一つひとつの経営支援が、新規事業チャレンジのようなもの

Q:神谷さんは地方での事業支援を数多く手掛けられていると伺いました。

神谷恭一さん(以下、神谷):

直近では、福島県相馬市での「ため池」に対する除染事業を支援しています。東日本大震災から5年半になりますが、まだまだ除染を進めていかなければいけない場所がたくさんあるんです。福島県内には約2000の池があり、東京の事業者が除染にあたり検査を済ませていますが、実際のオペレーションがなかなか進んでいませんでした。何しろ、調査だけでもかなりの時間がかかります。そうした場所を元通りにするため、少しずつ動いているところです。

Q:どのような経緯で神谷さんに声がかかるのですか?

神谷:

この案件に関しては経済産業省に勤務する知り合い経由です。私がゼネコン関連のコネクションを持っていることもあって、白羽の矢が立ったという形ですね。業界や分野に関わらず、初めて手掛けることにもいろいろと携わっているので、新規事業チャレンジばかりやっているようなものです。

古くから商売を続ける地方企業が、時代の変化に対応できなくなるとき

Q:他の案件についてもぜひ伺いたいです。

神谷:

関西でガソリンスタンドやレンタカー事業、車検などのトータルカーサービスを展開する企業では、新規事業展開を支援しています。この企業はお膝元の県内の石油関連事業では約33パーセントの事業を持っていて、さらに事業の多角化を進めるためにお声がけをいただいたんです。

 

ただ、私は最初の段階で「今、新規事業を始めるのは危ない」という話をしました。高いシェアを持っているのに、既存顧客とのグリップが強くない。また、これまでの事業展開があまり戦略的ではない方法だったこともあり、改革が必要でした。

Q:企業が考えていた青写真を最初の段階で覆したわけですね。どうして「新規事業を始めるべきではない」と考えたのですか?

神谷:

年間売上高では400億円規模になり、車検工場などの施設も良いものを持っているんですが、1店あたりの来店数が少ないんです。年間数万円をかけてチラシによる販促を行っていましたが、ネット集客にうまく対応できていないという現状もありました。この企業の資産ポートフォリオを見ると、ガソリンスタンドの場合は数億円の投資をして、減価償却できるのが10年後ぐらい。もっと効率よく事業展開をしなければならないと感じましたね。数多くの店舗をドミナントで展開してきたのであれば、よりインパクトのある事業にしなければいけないんです。

 

地方では、古くから商売している地元の事業者が当たり前のように既存のやり方を続け、時代の変化に対応できていないケースが多々あります。この企業でも同じ状況で、競合との対比ができておらず、自社の強み・弱みも見えていませんでした。

「出身地域閥」が存在する? 地方独特の課題とは

Q:実際にはどのような支援を始めたのですか?

神谷:

事業体ごとに、シェア拡大や顧客戦略、集客戦略の見直しを進めているところです。直近では「ガソリンスタンド事業をシェア40パーセントまで拡大したい」という話が出ていて、そのための体制作りを進めています。

 

同時に人事制度の見直しも行っています。マネジャークラス10人、一般社員100人にヒアリングし、一人ひとりに合わせて評価制度をカスタマイズしていったんです。実はこの制度はもともと別のコンサルティングファームが入り、設計した立派な制度でしたが、うまく運用されていませんでした。

Q:組織の再構築も課題だったのですね。

神谷:

はい。会議をやっても下から上に情報が上がっていかないとか、組織内のホウレンソウがしっかり回っていないという問題もありました。クレームが発生したときにも「お客さまのために解決に向けて行動する」のではなく、「上にバレないことを優先する」ような状態。これでは、ベストな業績を生む体制とは言えません。

 

また、これは東京だけで仕事をしていると分からないことなんですが、「県内の出身地域によって組織内ヒエラルキーが構成される」ということも実際に起きていました。いわゆる地域閥ですね。これも組織が硬直化する一つの原因になっていたんです。地方によっては、こうしたローカル問題にぶつかることもあります。前提としてそれを知らなければ、組織の問題は見えてきません。もしかすると以前に作られた人事制度は、それが見えないまま作られていたのかもしれませんね。

管理部門と営業部門を歴任し、「日本初」の事業も導入

Q:「地方独自の課題」を認識するに至った、神谷さんのキャリアについてもぜひ教えていただきたいです。

神谷:

私が初めてビジネスを手掛けたのは大学時代です。車の販売業に挑戦したんですよ。実際に商売をやってみなければ分からないこともたくさんあって、「数字で経営をつかむ」ということもその一つでした。それで、簿記の学校に通って勉強したんです。

 

大学を卒業するタイミングで、ちょうどビー・エム・ダブリューの日本法人が立ち上がりました。経理や財務が分かる日本人を求めていて、私が関わっていた車の事業と合致したこともあり、入社しました。

Q:会社員としてのキャリアの入り口は管理部門だったのですね。

神谷:

はい。経理・財務や人事管理に携わり、さまざまな制度を設計して一から立ち上げてきました。

 

その後、入社から10年が経つ頃にバブルが崩壊し、私は部長職にあたるエリアマネジャーとして東北や関東を担当しました。ここからが営業部門でのキャリアのスタートですね。関東は強力なディーラーが多く、ビー・エム・ダブリューはなかなか太刀打ちできていなかったエリア。そこへ乗り込んで、顧客データベースの構築によって効率的にアタックできるスキームを整備することで業績を上げたんです。さらに関西や西日本も任されました。

 

40歳を目前にしてグループ企業のビー・エム・ダブリューファイナンスへ移籍し、各エリアのディーラーとの関係性を生かす形で事業を展開していきました。新たな自動車保険やメンテナンス保障商品の立ち上げ、与信管理フローの見直し、残価設定型ローンの日本への展開などを手掛けました。

新規事業のプロが次に目指す「コンビニ展開」

Q:本当に幅広い分野の経験を積んでいらっしゃるのですね。

神谷:

そうですね。ビー・エム・ダブリューでは、経理・財務から人事、営業、新規事業立ち上げまで、一通り従事させてもらいました。バブル後の苦しい時期にエリアマネジャーを経験し、売るだけではなく事業縮小も含めて経営健全化に奔走したことは、特に貴重な経験となっています。

 

この時期に、「ビジネスのあらゆるフェーズを知らなければダメなんだ」ということを強く感じました。一方では工場などの現場にずかずかと入り込んで、悪い数字を一方的に指摘したことで反発を生み、人が誰もいなくなってしまうという苦い思いも味わいましたね。「現場で働く人とのコミュニケーションを図ること」は本当に重要。これは地方企業を支援する際にも大切にしています。

Q:神谷さんは今後、どのような活動を展開していきたいとお考えですか?

神谷:

少し意外に聞こえるかもしれませんが、コンビニエンスストアを経営したいと思っています。実は昨年、地元にあるコンビニで、半年間店長を務めさせてもらったんですよ。このエリアはかつての新興高級住宅地なんですが、今は高齢化が進んで、日常の買い物にも不便を覚えるような人たちが増えているんです。このままでは皆「買い物難民」になってしまうかもしれない。こうした状況の中でコンビニが担う役割は大きいですよね。これからの人生では人の役に立つ仕事をしてみたいと思って挑戦したんです。

 

アルバイトスタッフに急な欠員が生じ、30時間連続で働いたこともありました(笑)。その一方で、女子高生スタッフの優秀さに助けられたことも。仕事は早いし、意外なことに他のスタッフのマネジメントも上手にこなすんです。シフト作りや商品発注といった管理業務も任せていました。これは本当に勉強になりましたね。

 

私を必要としてくれる人がいる限りは、企業の経営支援も続けていくでしょう。それと並行して、ゆくゆくはいずれかのコンビニチェーンで開業し、地域貢献できるように複数店を経営したいと思っています。自分自身が心から「面白い」と感じられる商売を、積極的に展開していきたいですね。

 

取材・記事作成:多田 慎介

専門家:神谷 恭一

ビー・エム・ダブリュー日本法人立ち上げメンバーの1人。管理部門での経理・財務担当や人事担当を経て、営業部門でエリアマネジャーとして活躍。
バブル崩壊後の厳しい市況の中、対販売計画109.9パーセント、前年伸び率124.1パーセントという好業績を残す。ビー・エム・ダブリューファイナンスへの移籍後はBMW保険(新車・中古車)やメンテナンス保障商品の立ち上げ、拡販、資金運用、残価設定型ローン導入などを推進し、ローン利用率を135パーセントに拡大。
独立後は、新規事業や経営領域でのコンサルティング、エグゼクティブ層への人脈を生かした営業支援により、数多くの企業を支えている。