締め日が近いから、なんとか今日中に契約して欲しい。
イベントで作りすぎてしまった商品を、なんとか引き取ってくれないか。
営業をしている方ならば、一度や二度はこうしたお願いをした経験があるかと思いますし、お願いをされた方も多いと思います。
ですが、こういった「お願い」は要注意。たとえば、相手にとって自社が重要な取引先だとわかっていて、お願いをすれば相手は断れません。これを見越した上で商品を過剰に納入すれば、「押し込み販売」という不正になります。
自社で押し込み販売を行っていないか注意することはもちろん、取引先から無理なお願いをされていないかどうかにも、しっかりと目を光らせておきましょう。
押し込み販売は、他社に不利益を押し付ける「粉飾」
Q:粉飾決算には、売上の粉飾の他にどんな手法があるのでしょうか。
A:前回お話した架空売上以外に、押し込み販売という手法があります。押し込み販売とは、業績目標などに合わせて注文した商品の数量よりも多く販売したり、注文してない商品を勝手に納入したりと、外部に無理やり販売や納入することを指します。
これまで見てきたように、「粉飾」には様々な手法があります。特に売上については、経営者が「売上をより大きく見せたい」という気持ちが働きやすいことから、不正に手を染めてしまうことが多くみられます。
今回は、代理店に過剰な量の商品を押し込み販売していた事例をご紹介します。
当該会社は自動車関連事業をしています。押し込み販売に使われた商品群としては、ブレーキパッドなど、車検等で使われる補修品です。補修品は整備工場で使われることになるため、商流としては
「当該会社⇒代理店⇒部品商⇒整備工場」
となります。
そこで当該会社は、売上・営業利益を増やすために、代理店の適正在庫量を大幅に超える量の商品の押し込み販売を実行したのです。
こうした販売方法を行うことは会計上で不正にあたるだけでなく、返品によって不要なコストが発生したり、出荷情報が正確でなくなるなど、誰にとってもメリットがなく、広い範囲に悪影響を与えてしまいます。
コンプライアンス意識の欠如が不正を生む
Q:具体的な経緯はどのようなものだったのでしょうか。
A:第2四半期末である9月に(当該会社は3月決算企業)、代理店Aに対して追加購入要請がありました。
もちろん目的は売上・利益の増加のためです。
代理店Aはこの要請を受けて、支払の分割条件等を定めて承諾をしました。さらに、その承諾の中には、
・代理店Aの倉庫に受入できない分については他の外部倉庫(本来の納入倉庫ではない)で押し込み販売実行会社が預かること
・倉庫賃料や、その後代理店が受け入れ可能となった場合の運送料について押し込み販売実行会社に負担をしてもらう
・・・といった通常の取引とは異なる特別な条件も盛り込んでいました。
ここで、会計で売上が認められる要件を満たしていたかどうかについて、考えてみましょう。売上が認められるには、①財貨・用益の提供、②現金及び現金同等物の受領の2要件が必要です。
製造業であれば、工場から出庫された段階で売上が認識される出荷基準や、製品の性質上、受入側の検収が必須であれば検収基準が通常となります。
本件では出荷日に売上が計上されていました。
しかし、押し込み販売分については、押し込み販売実行会社で預かることとなっており、代理店Aには届いていないので販売行為が成立されたとは認められないことは明らかですね。
なお、当該会社では営業部門のみならず会社全体で「押し込み販売」という言葉が不用意に用いられていたということです。代理店が収容できないくらいの販売行為をして自社で預かる、という非常にシンプルな事例ですが、会社に押し込み販売に対する認識と判断の欠如があったことが残念な事例です。
大学卒業後、公認会計士として大手監査法人において製造業、小売業、IT企業を中心に多くの会計監査に従事。
2005年にハードウェアベンチャー企業の最高財務責任者(CFO)として、資本政策、株式公開業務、決算業務、人事業務に従事するとともに、株式上場業務を担当。
2005年より中堅監査法人に参画し、情報・通信企業、不動産業、製造業、サービス業の会計監査に従事。またM&Aにおける買収調査や企業価値評価業務、TOBやMBOの助言業務も多く担当。
2014年7月より独立し江黒公認会計士事務所を設立。
会計コンサル、経営コンサル、IPOコンサル、M&Aアドバイザリー業務の遂行に努める。
専門家と1時間相談できるサービスOpen Researchを介して、企業の課題を手軽に解決します。業界リサーチから経営相談、新規事業のブレストまで幅広い形の事例を情報発信していきます。