会計講座の最終回では、棚卸の不正について取り上げます。

棚卸とは在庫の数量を実際に数えることを指しますが、在庫はこれまで見てきたように粉飾決算の手段にもよく使われる項目ですので、健全な成長など正当な理由以外で大きな増減があった場合には、なんからの不正を疑ってみる必要があります。

また、不正が生じないように法令遵守への意識を高めると同時に、管理者が棚卸に立ち会う、在庫の入出庫管理をシステム化するなど、対策を講じるようにしましょう。

在庫残高の増減に要注意!

Q:3月末は多くの会社が棚卸を行いますが、棚卸における不正はあるのでしょうか。

A:実地棚卸における不正があります。今回は実地棚卸に関する不正事例をご紹介します。

3月末は多くの企業が在庫の実地棚卸を行うことでしょう。この実地棚卸は、自社の棚卸資産の実在性や評価等を行う非常に大事な作業です。倉庫等で実際に数えた在庫量が帳簿に載っている在庫量と異なる場合には、実地棚卸の状況が決算書に反映されます。
 ところが、この棚卸業務で不正が行われると、実際の在庫のカウント数が過大ないし過少計上されてしまい、結果的に棚卸資産残高が誤った残高となってしまいます。

では、具体的な事例を見ていきましょう。
今回ご紹介する棚卸の不正は、ホームセンターなどを展開する会社で棚卸資産のロス率を実態よりも低くするために行われました。

この「ロス率」とは、期末における帳簿残高と棚卸の残高との差異をロス高といい、期中の売上高に対するロス高の割合をロス率といいます。なお、ロス率は以下の計算式で求めることができます。

ロス率=ロス高(期末売価在庫高△棚卸売価在庫高)÷期中売上高×100

本来であれば、帳簿に記帳している在庫残高と棚卸で確認した在庫残高は一致するはずですが、実務では、現場での商品の紛失や盗難、記帳誤り、実施棚卸におけるカウントミスなど様々な要因により差異が発生してしまいます。

差異が生じるのは仕方が無いのですが、このロス率が高いと店舗管理体制に問題があると捉えられかねません。
そこで、本件ではこのロス率低減を図り、以下のような不正が行われました。

① 非棚卸資産の資産計上による棚卸資産の過大計上
② 棚卸資産の値札の張り替えによる棚卸資産の過大計上
③ 棚卸原票(カウントした数量を記載したもの)の改ざんによる棚卸資産の過大計上
④ 売価変更の際に対象数量を水増しすることによる帳簿在庫高の過少計上

確実にロス率を低下させられるよう、期中から計画的に不正の準備を実施

Q:上記4つの不正では、それぞれどのようなことが行われていたのでしょうか。

A:以下で不正の詳細について、ご説明いたします。

①非棚卸資産の計上
本来であれば、棚卸資産として計上できない見本品やサンプル品等を棚卸資産として計上

②値札張り替え
在庫高が実態よりも大きいと見せるため、値札の張り替えにより売価を引き上げる

③棚卸原票の改ざん
棚卸時にカウントした数量を記録した売価等を改ざんして、在庫を水増し

④売価変更時の数量の水増し
期中に商品の値下げ(売価変更)があった際に、売価変更伝票に記載する数量を実際よりも水増しして、帳簿残高を過少に計上

この部分はわかりにくいと思いますので、具体例で見てみましょう。
例えば、1,000円の商品を800円に値下げをするとします。在庫数量が10個であれば、値下げ後の帳簿残高は、
(1,000円△800円)×10個=2,000円下がることとなります。

ところが、この10個を20個と不正に記録します。すると、
(1,000円△800円)×20個=4,000円下がり、結果として帳簿残高を過少に計上することができるのです。

上記の①から③の不正は期末の棚卸時に行います。しかし、期末の棚卸時の不正作業は負担が大きいため、④についてはあらかじめ期中に期末の棚卸ロス率を抑えられるように、棚卸資産の帳簿残高を少なくできる準備として期中から実施されていました。

ロス率低下のプレッシャーと、上長に逆らいにくい組織風土も原因に

なお本件については、ロス率の目標値設定や他店舗とのロス率の比較を意識したプレッシャーなどから、ロス率改善のための目的で不正が行われるようになった模様です。

ロス率低下のプレッシャーが高まる中、組織風土として上長に逆らいにくい、あるいは上長の意向に反した行動がとりにくい社内風土が醸成されていきました。
そのような社内風土の下、実地棚卸に関与する従業員が上長の指示に従い、あるいは上長の意向を汲んでそれぞれ行動した結果、ロス率低下のための不正が強化されていきました。結果として当該不正は従業員からの内部通報により発覚しました。

ぜひ経営者の皆様は、従業員の法令遵守への意識向上やどのような組織風土が形成されているのか等について、今一度ご留意下さい。

※会計講座は今回を持ちまして最終回となります。次回からは、M&A講座がスタートします。

専門家:江黒崇史
大学卒業後、公認会計士として大手監査法人において製造業、小売業、IT企業を中心に多くの会計監査に従事。
2005年にハードウェアベンチャー企業の最高財務責任者(CFO)として、資本政策、株式公開業務、決算業務、人事業務に従事するとともに、株式上場業務を担当。
2005年より中堅監査法人に参画し、情報・通信企業、不動産業、製造業、サービス業の会計監査に従事。またM&Aにおける買収調査や企業価値評価業務、TOBやMBOの助言業務も多く担当。
2014年7月より独立し江黒公認会計士事務所を設立。
会計コンサル、経営コンサル、IPOコンサル、M&Aアドバイザリー業務の遂行に努める。
ノマドジャーナル編集部
専門家と1時間相談できるサービスOpen Researchを介して、企業の課題を手軽に解決します。業界リサーチから経営相談、新規事業のブレストまで幅広い形の事例を情報発信していきます。