2017春闘では賃上げに加え長時間労働の是正が目玉となっています。

昨年、政府は働き方改革の一環である労働基準法の改正にあたり、年間残業時間の上限を720時間(月平均60時間)とする案を提示しました。使用者側の「経団連」と労働者側の「連合」の双方が、この案を受け入れています。しかし、業務が集中する繁忙期については、労使の見解に大きな隔たりがあります。春闘ではこの点について労使間で激しい攻防が展開されています。

はたして政府の働き方改革は長時間労働をなくすことができるのでしょうか。

1.新たな規制で過労死はなくならない?月間残業の上限めぐり労使攻防

政府案では残業時間の上限を月平均60時間としていますが、あくまで月平均としての数値です。たとえば、ある月の残業時間が60時間を超えたとしても、他の月でその分を減らし年間残業時間が720時間以内に収まれば基準をクリアできることになります。

しかし月単位で見た場合、実質的には上限がないに等しい状態だといえます。

そこで次に問題となるのが月間残業時間の上限をどうするかという点です。経団連はこれまで、繁忙期を乗り切るためには月100時間が必要だとしてきました。月間100時間といえば、過労死の原因とされる脳や心臓疾患発症の目安となる数値です(基発第1063号厚生労働省労働基準局長通達)。

もちろん連合は猛反発です。残業時間の上限を月100時間とすることについて、経団連は過労死を防ぐための基準だとしています。これに対し連合は、過労死ラインである月100時間は、そもそも到達してはならない基準であり、これを受け入れることは過労死を容認するのと同じだと主張しています。

ひとつの数値をめぐる見解の相違から労使の調整がつかない中、ついに政府は月間残業の上限を「100時間未満」とすることで最終調整に入りました。政府も経団連と同様、過労死ラインを超えない範囲であれば過労死を防止できると考えているわけです。

2014年に過労死等防止対策推進法が制定されてから3年、労働基準法の改正で過労死ギリギリまで働くことが認められようとしています。過労死・過労自殺の防止を図るべく過労死等防止対策推進法を制定した一方で、過労死に限りなく近づくような働き方を認めることは矛盾しないのでしょうか。

2.月間残業時間の上限議論ついに収束!労使双方に配慮か?

平成29年3月17日、経団連と連合が参加した政府の働き方改革実現会議が開催され、これまで争点となっていた繁忙期の月間残業時間の上限を「100時間未満」とすることが最終的に確認されました。

今後、月間残業時間の上限を「100時間未満」とする方向で労働基準法が改正されます。

労使が激しく対立した時間外労働規制に関する議論は収束しました。使用者側の主張が全面的に取り入れられましたが、時間外労働の減少は労働者にとって収入の減少につながる面もあり、また、退勤から次の勤務開始までに一定時間を空けるインターバル制度を導入することを企業に対する努力義務として規定するともしており、全体としてみれば労使双方の利益に目配せしたということでしょうか。

3.緊急対策で過労死ゼロ?政策は形よりも実効性あるものに!

昨年末に作成された厚生労働省の「『過労死等ゼロ』緊急対策」では「社会全体で『過労死等ゼロ』を目指す取組の強化」として次の項目が挙げられています。

(1)事業主団体に対する労働時間の適正把握等について緊急要請

長時間労働の抑制等に向けて、事業主団体に対し、以下の協力要請を行う。(速やかに実施)
①36協定未締結など違法な残業の防止、労働時間の適正な把握等
②企業・業界団体におけるメンタルヘルス対策、パワハラ防止対策等の取組による「心の健康づくり」の推進
③長時間労働の背景になっている取引慣行(短納期発注、発注内容の頻繁な変更等)の是正

(2)労働者に対する相談窓口の充実

労働者から長時間労働等の問題について、夜間・休日に相談を受け付ける「労働条件相談ほっとライン」を毎日開設する等の取組を行う。(現行週6日→7日)(H29年度より実施)

(3)労働基準法等の法令違反で公表した事案のホームページへの掲載

労働基準法等の法令に違反し、公表された事案については、ホームページにて、一定期間掲載する。(H29年より実施)

内容を見る限りもっともなことばかりですが、36協定を締結し年間残業720時間、月間残業の上限100時間未満を守っている限り使用者は違法性を問われません。

しかし長時間労働が過労死につながっていることは確かです。違法性の問題と過労死の問題をリンクさせることなく、あくまで過労死ゼロにつながる長時間労働の是正を目指さない限り緊急対策は単なるスローガンに終わるでしょう。

緊急対策の実効性について、みなさんはどう考えますか?

3.まとめ

厚生労働省は平成28年4月から9月にかけ、長時間労働が疑われる10,059事業場を対象に監督指導を実施しました。その結果、4416事業所(全体の43・9%)で違法な時間外労働が確認され、是正・改善指導が行われています。さらにこのうち8割近くで月間80時間超の残業が確認されました(http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000148739.html)。

一方で長時間労働是正に取り組む企業も増えつつあり、使用者側の意識も高まっています。しかし改革が一気に進むことはありません。長時間労働を社会全体の問題として意識し、今後も続くであろう労働者の命と健康を守る労使の闘いにも注目していく必要があります。

記事制作/白井龍

ノマドジャーナル編集部
専門家と1時間相談できるサービスOpen Researchを介して、企業の課題を手軽に解決します。業界リサーチから経営相談、新規事業のブレストまで幅広い形の事例を情報発信していきます。