今回のテーマは、恐らく多くの人にとって関心が高いであろう、「評価制度」についてです。報酬制度と一体で、「人事評価・報酬制度」という括り方をされることが多いですが、双方は密接に関連するものの、それ自体は個別に分けて考えることで、より本質を捉えることができます。

評価制度と報酬制度とは

 従業員を評価するために、評価者・被評価者の認識を合わせるための枠組み・基準・ガイドラインが「評価制度」です。
評価を基に従業員を処遇するために、評価者・被評価者の認識を合わせる、狭義では給与・賞与・諸手当、広義では各種福利厚生施策を含めた仕組み・枠組みが「報酬制度」となります。

 「評価」と「評価制度」、「報酬」と「報酬制度」の違いは、それが「基準・枠組み・仕組み」として明示されているか否かです。
必ずしも「制度」になっていなくても「評価」、「報酬」それ自体を行うことは可能です。

評価制度と報酬制度がなぜ必要か?制度はあくまで「必要悪」

 例えば、今話題の「真田丸」の時代に、織田信長のような大名が戦(いくさ)の後などに、どのような配分していたか(領土であったり、時には茶器だったり)は、まさに「評価」「報酬」の問題です。
おそらく太古の昔からせいぜい100年~数十年前までは、どのような組織でも、当たり前に「制度」抜きで評価や報酬の配分を行ってきた訳です。
よって、「評価制度」「報酬制度」などといったものは、必ずしも必要ないものなのです。

 とはいえ、制度なしで評価を行い、報酬を配分するためには「評価者である組織のトップ(経営者)が直接被評価者の行動・成果をしっかりと把握し、公平に評価できる」という前提が必要です。
そうでなければ被評価者からの不満は当然上がってきます(昔の大名なら下剋上で打ち取られてしまうかもしれません)し、組織がおおきくなればこの前提は非現実的になります。
トップが独断で評価するには目が届かないために、そこで「やむを得ず」部下に評価の権限を委譲することになります。 

 その際に、部下がトップの意図を無視・または誤解して好き勝手な評価をせず、トップと同じような評価ができるように、また、評価される側も評価者(直属上司)がトップと同じ価値観、基準で評価しているという信頼感を作るために「制度」というモノサシが必要になるのです。
つまり、制度というのはあくまで仕方なく作られる「必要悪」なのです。

「きれい」で精緻な仕組みがよいわけではない。よい評価制度とは

 ゆえに、評価制度というのはあくまでトップの意図、考えを代弁するものなければいけません。
制度に則って評価した結果がトップの想いと大きく異なるものであれば、それは「制度がおかしい」ということなのです。

 そう考えると、良い評価(報酬)制度というのは、「経営者の意思を反映しやすい」「経営理念・戦略と一貫・整合した(矛盾しない)」「複雑すぎず、出来るだけシンプルな」「評価者の直観に近い」ものであるべきということになります。

 

 評価・報酬制度を作る際によくある間違いは、精緻で「きれい」な仕組みを作ろうとして必要以上に定量化、自動化しようとすることです。
例えば、各評価項目をポイント化し、それを合計すると自動的に評点が決まるような仕組みは、仕組みとしては「きれい」ですが、実際に運用してみるとうまく行かないことが多いです。

 そのような、「精緻」な制度に合わせて評価すると、制度を作った側の思惑に反して、「なんでAさんよりBさんの方が良い評価になるんだ?」という、評価者を始めとする皆が思う実感と異なる結果になりがちです。
「実感」と制度に基づく「評価」が異なる場合、正しいのは概ね「実感」の方です(もちろん、評価者が被評価者をしっかり観察できているという前提です)。
なので、結局、「実感」に合わせるために、制度による評点をそれらしく上げたり下げたり修正するというのはよくある話です。
そうなると、「そもそも何のために精緻な制度を作ったんだ」という話ですね。

シンプルな制度では、評価者のスキルが必要

 一方で、「シンプルな制度」とは、より「曖昧」で、評価者の主観の入る余地が大きい仕組みであり、これは2つのことを意味します。
1つ目は、評価のスキルと真剣な姿勢がより評価者に求められることです。
2つ目は評価者同士・上位評価者と下位評価者同士の評価基準の目線合わせがより重要になることです。

 前者に関しては、端的に言えば、被評価者の評価に対する不満は「評価制度」ではなく「評価者自身」に向かいます。
評価者にしてみれば、自身が決めた評価に対する説明責任がより重くなり、「制度が悪い」という言い訳ができなくなるのです。
後者に関しては、各評価者がバラバラの基準で評価をするのでなく、経営理念(特にバリュー・行動規範)と経営戦略に基づく一貫した評価軸・基準を会社が示し、異なった評価者でも出来るだけ(実感的に)近い評価をできるような「目線合わせ」を継続的に行う必要があります。

いずれにせよ、会社は評価者のトレーニングをしっかりと行い、一定以上の評価者のスキルを担保する必要があります(とはいえ、どのような評価方法であってもスキルは必要なのですが)。

「評価すること」へのモチベーションの低下をもたらしているもの

ただし、会社が一方的に評価者に評価のスキルアップを求めても、評価者側にそれをするインセンティブがなければ評価者は本気になりません。
私自身が多くの企業の事例を見て感じるのは、従来型の日本企業の評価・報酬制度においては、その人(被評価者)の「価値」と報酬額の相関が薄く、かつ、評価から報酬決定に至るまでのプロセスが不透明であるために、評価者(と被評価者)の評価行為に対するモチベーションを阻害している現状です。
「やってもやらなくても大差がない」ことに対して、当事者が真剣にやる気が持てないのは当然でしょう。
これを変えるには、「評価結果が(金銭的なものに限らず広い意味での)報酬に反映する」メリハリのある制度にすることが必要になります。
「何のために評価をやっているか」がクリアになり、納得感があれば、評価という作業に対するモチベーションも高まり、評価者も被評価者もより真剣に取り組むようになるでしょう。
そうすれば、評価者の評価スキルも上がっていきますし、評価者同士や評価者と被評価者の間での評価に対するレベル感の目線合わせも進んでいきます。

まずは評価者が本気になる「良い評価制度」を作ること、その上で評価者を鍛えていき、運用のレベルを上げていくのが正しい順序となります。

評価制度を差別化要因、アドバンテージに

「生活給」の概念が色濃く残り、年齢や勤続年数に応じた昇給、家族手当や住宅手当、社宅などの手厚い福利厚生を良しとする従来の日本企業的な考え方を「常識」「あるべき姿」とする方たちには、上記のような考え方は、馴染みがなく、違和感を持たれるかと思います。
しかし、現在から将来に渡る国際的な人材獲得競争のなかで優秀人材を獲得するためには、これまでの常識、先入観に囚われず、他社の事例を疑い、彼ら彼女らの望みに沿った(かつ会社の方向性にも合っている)仕組みをゼロベースで構想し、導入・運用していく必要があるのではないでしょうか。
もしそれができれば、それはその企業によって競合他社と比べた大きな差別化要因、アドバンテージにもなり得ると私は信じます。

専門家:新井 規夫(組織人事ストラテジスト)
新卒入社の大手ホテル業で給与・労務等人事の基礎を学び、急成長ベンチャー2社で管理部門全般(財務/経理/人事/総務)を担当。そこで感じた問題意識から慶應MBAに進む。在学中にCanadaのTop MBA, Richard Iveyに交換留学。2006年に楽天に入社し、人事評価・報酬制度の全面刷新(人材戦略室長)、買収した赤字通信子会社のPMI/事業再生(経営管理/人事部長)、二子玉川への本社移転PJ立ち上げ、CSR推進、Asia地域の人事統括(Singapore駐在)等を歴任。「ベンチャー・成長企業」「組織・人事・経営管理」をキーワードに、「成長の痛み」を未然に防ぎ、企業の健全な成長を加速させることを使命とし、2014年より独立し、複数企業の人事アドバイザリーとして活動中。

ノマドジャーナル編集部
専門家と1時間相談できるサービスOpen Researchを介して、企業の課題を手軽に解決します。業界リサーチから経営相談、新規事業のブレストまで幅広い形の事例を情報発信していきます。