【連載第8回】

2016年4月からスタートした「電力自由化」について、図解も交えて分かりやすく解説する本連載。今回は、これからの私たちの生活にとって重要なキーワードとなる「HEMS」「デマンドレスポンス」について、『かんたん解説!! 1時間でわかる電力自由化入門』の著者、江田健二さんに話していただきました。

記事のポイント

●エネルギー管理システム「HEMS」という新しい概念
●広がる可能性、デマンドレスポンス

*本連載は2015/12発行の書籍『かんたん解説!!1時間でわかる電力自由化 入門(著:江田 健二)』の内容をもとに再編集しお届けします。

前回までの記事はコチラ

●連載第1回:電力会社の競争がないからこそ発展できた日本?

●連載第2回(前編):成功?それとも失敗? 世界の電力自由化事情を比較する

●連載第2回(後編):アジアの電力は今後の需要拡大に期待 日本の電力関連企業にとっても魅力的な市場

●連載第3回:電力自由化はまだ道半ば 新しい審査で電力会社はどれくらい淘汰される?

●連載第4回:自由化はメリットばかりじゃない 料金をお得にするには「知る力」が必要

●連載第5回:ビッグデータによる新たなビジネスチャンスも 参入企業のメリット・デメリットについて考える

●連載第6回:2017年の「ガスの小売自由化」を見据えて自由化競争はますます激化する?

●連載第7回:電力×IT スマートメーターの導入で電気の使い方が変わる

HEMSという新しい概念

電力自由化に伴い注目を集めているのが「スマートメーター」です。
スマートメーターとは、通信機能を備えた電力メーターのことで、電力会社と消費者間で電力使用量のデータを遠隔でやり取りできる機能が備わっています。これからの10年で、このスマートメーターがほぼすべての企業や家庭に導入される予定になっています。

スマートメーターが電気使用量の計測をするものだとすると、それを管理、監視するシステムが「HEMS」(ヘムス/Home Energy Management System)です。
これはスマートメーターを家電や電気設備とつないで、電気の使用状況を詳細に把握したり、家電を自動制御して節電などを行うエネルギー管理システムです。

HEMSがあれば節電のための管理だけでなく、太陽光発電装置をつけている家庭であれば、今日どれだけ発電したかといったデータも分かるようになります。
現在、HEMSの専用機器は20万円程度で販売されています。普及していくには、もう少し手頃な値段になる必要があると思います。

希望的観測の部分もありますが、将来的には専用機器がほとんど不要になり、スマートフォンのアプリなどに集約されることによってより普及するのではないかと思います。
スマートメーターが計測したデータを個人のスマートフォンで受信することで、電力使用量が詳細に把握でき、専用アプリで自宅の家電の制御もできるようになるようなイメージです。
いわゆるIoT、つまり色々なものがネットワークで繋がり制御できる世界が身近になるわけです。

「スマートメーターは設置されたけれども、まだあまり活用できていません」という家庭も今後しばらくは多いかもしれません。
しかし、スマートフォン用の電力管理・家電管理用アプリが出てくれば、HEMS的な電力管理システムが一気に普及するでしょう。

例えば昔、音楽を聴くためにCDプレーヤーやDVDプレーヤーなどのオーディオ機器を買っていたのが、今ならスマートフォンひとつあれば音楽が聴けるようになったことと同様の変化が起こりうるわけです。

私が小さいころ、我が家にもダイニングテーブルくらいのとても大きなレコードプレーヤーがあったのを覚えています。ラジオも同様で、昔はラジオ機器が一家に一台ありましたが、今はインターネットラジオのアプリで聴けてしまいますから、自宅でラジオを聴くためにラジオ機器を単体で買う人は減っているでしょう。
これと同じように、HEMSも普及の最終形態としては、アプリ化されて多くの機能がスマートフォンの中に入ってしまうようになるのではないでしょうか。

「家族が消し忘れたエアコンを、外出先でスマートフォンを使って消しています」という先進的な事例も出てきていますが、これは特定のメーカーのエアコンとHEMSとそれに連動可能なアプリがあるという条件が揃っていないと実現できません。まだ少しハードルが高く感じられます。
今後はそういう技術がもっと一般化し、スマートメーターと家電とスマートフォンがつながるようになっていくでしょう。

HEMSによって電力使用状況が詳細に把握でき、いつでも閲覧できるということは、子どもの省エネ教育にも役立ちます。
また、現在、なかなか節電が上手くできない理由として、どういった方法が自宅の電気料金節約に役立っているのかがよく分からないということが大きいと考えられます。

「エアコンは頻繁につけたり消したりせずに、ずっとつけっぱなしにしたほうが実は電気料金が安い」などという説もあります。それが本当なのかどうなのか、エアコンのスペックや部屋の広さにもよると思いますが、結局のところよく分かりません。
しかし今後はエアコンの使い方で電気料金がどう変化したかということが目に見えて分かるようになるので、本当に「意味のある節電」ができるようになるでしょう。

スマートメーターとHEMS

デジタルデータが蓄積されることにより、電力会社が同じような家族構成、同じような地域の他の家庭の電力使用データと比べて「もっとこういうふうに使ったほうがいいですよ」「先月に比べて家電の使い方がこう変わったので、電気料金が今月は高かった。だから、ここはこうしたほうがいいですよ」といった細かいアドバイスをしてくれるかもしれません。

また、ある家庭で、一定以上電気を使おうとすると、自動的に家電の制御をするということが、将来的にはできるようになっていくでしょう。
こうした自動制御システムの発達によって、最終的には人間が意識的に節電しなくても機械が自動的に節電してくれるような世の中になっていくと思います。

例えば「一日や1ヶ月の電気代をこれだけに抑えたい」と自分で事前に設定しておけば、あとはシステムが自動調整してコントロールしてくれるとか、パソコンを一定時間利用しないと自動的にシャットダウンするなど、システムの自動制御で効率的に節電されるという時代が来るのもそう遠くはないでしょう。

広がる可能性、デマンドレスポンス

電力自由化にともなうスマートメーターやHEMSの普及によるメリットは、様々なビジネス分野にも広がると予想されます。

運輸サービスの効率化もその一つです。宅配会社や郵便局であれば、配達先の家が電気をどれだけ使用しているかといった情報をリアルタイムで受け取ることができると、配達業務を今よりももっと効率化することができる可能性があります。
彼らにとって一番非効率なことは、在宅しているかどうかも分からないのに、その家に足を運ばなくてはならないことです。在宅状況をどこまでオープンにするかはいろいろ問題があるとは思いますが、その情報を宅配会社や郵便局に対して開示することで、訪問する前にその家に人がいるかどうかが分かり、運輸業界全体の効率化が図られます。

また運輸業界だけでなく、今そこに人がいるかどうかというデータをリアルタイムで提供することは、現在あるムダな行動を少しでも解消したり、防犯面に貢献したりと、今後、社会全体において大いに期待されていることの1つです。

さらに、「デマンドレスポンス」というシステムも、これからの電力事業における新たな考えのひとつとして重要視されています。
デマンドレスポンスとは、電気使用量を皆で連携して上手くコントロールしよう、減らそうというものです。例えば電気をたくさん使う夏の昼間のタイミングで「明日の昼間は、電気が足りなくなってしまう」ことを電力会社が事前に把握し、それを顧客である各家庭に伝えることによって、ある人は外出を心がけるとか、ある人は不要な家電の使用を控えるなど、節電に貢献してもらいます。

そして、そういったアクションを起こした顧客に対して、ポイントを付与したりキャッシュバックをしたりします。このようにピーク時の電力消費を抑え、電力の安定供給を図り、消費者側が電力システムに参画できる仕組みがデマンドレスポンスです。

電力使用をコントロールするデマンドレスポンス

このデマンドレスポンスは欧米などでは既に普及しています。
アメリカには節電要請を電力会社から受けて、契約家庭やマンション、工場に「明日はこの時間節電してください」と伝え、節電してくれた人に対してポイントなりクーポンなりでバックするデマンドレスポンス・プロバイダ業が存在し、エナノック(デマンドレスポンスのプロバイダとして世界一の規模を誇るアメリカの企業)など上場会社も出てきています。

電力会社としても、追加の発電は非常に高コストなので、節電してくれた家庭や企業に対して報奨金を支払うほうが全体的に安く済むのであればそちらを選んだほうがいいわけです。

そういった仕組みを今すぐに実現するということは難しいかもしれませんが、スマートメーターやHEMSの進化によって電力供給者側と消費者側が連携して上手く節電して、エネルギーを今よりもずっと効率的に使える社会が来るはずです。

ちなみに、実証実験レベルではありますが、日本国内でも一部の地域や自治体でデマンドレスポンスを導入・実践しています。
今回の電力自由化でスマートメーターの導入に拍車がかかることによって、デマンドレスポンスも進化・普及していくのではないでしょうか。これまで消費する一方だった電気ですが、節電することで収益のチャンスになるのは、とても興味深いことだと思います。

(次回に続く)

◎本稿は、書籍編集者が目利きした連載で楽しむ読み物サイトBiblionの提供記事です。

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