【連載第10回(最終回)】

2016年4月からスタートした「電力自由化」について、図解も交えて分かりやすく解説する本連載。今回は、電力自由化&ガス自由化によって生まれる「総合エネルギー企業」と、日本企業の海外市場進出について『かんたん解説!! 1時間でわかる電力自由化入門』の著者、江田健二さんに話していただきました。

記事のポイント

●「総合エネルギー企業」の出現
●電気の次は、ガスの自由化がやってくる!
●電力自由化が後押しする日本企業のアジア市場進出
●アジア市場を制するのは、ヨーロッパ企業か?日本企業か?

*本連載は2015/12発行の書籍『かんたん解説!!1時間でわかる電力自由化 入門(著:江田 健二)』の内容をもとに再編集しお届けします。

前回までの記事はコチラ

●連載第1回:電力会社の競争がないからこそ発展できた日本?

●連載第2回(前編):成功?それとも失敗? 世界の電力自由化事情を比較する

●連載第2回(後編):アジアの電力は今後の需要拡大に期待 日本の電力関連企業にとっても魅力的な市場

●連載第3回:電力自由化はまだ道半ば 新しい審査で電力会社はどれくらい淘汰される?

●連載第4回:自由化はメリットばかりじゃない 料金をお得にするには「知る力」が必要

●連載第5回:ビッグデータによる新たなビジネスチャンスも 参入企業のメリット・デメリットについて考える

●連載第6回:2017年の「ガスの小売自由化」を見据えて自由化競争はますます激化する?

●連載第7回:電力×IT スマートメーターの導入で電気の使い方が変わる

●連載第8回:家電も電力消費もボタン一つでコントロールできる時代がやってくる

●連載第9回:電気自動車の普及により新たなビッグチャンスが到来する

「総合エネルギー企業」の出現

2016年4月に実施された電力自由化に続いて、2017年4月には都市ガスの小売りが全面自由化される「ガス自由化」が始まります。そうなると「うちは電気とガスをセットで売ります」といったような、総合エネルギー企業とも呼べる会社が出てくるでしょう。

そうした企業はヨーロッパなどでは既に出てきているので、日本もゆくゆくは電気・ガス・石油・通信などをセットで売る企業が出てくるはずです。
既存の大手電力会社がそうなっていくのか、もしくはガス会社や通信会社がそうなるのか、その他の新興企業がそうなっていくのかは今の時点では分かりませんが、いずれにせよ将来的に総合エネルギー企業が出てきて、彼らが市場のメインプレーヤーとなると予想されます。

総合エネルギー企業の出現

東京電力は、既に国内各地で各ガス事業者との連携に乗り出しており、電気とガスのセット販売による割引などを実施することによって、顧客流出を防ぐ対策を始めているようです。また東京ガスなどは、通信会社などとの連携を進めています。

電気・ガス・通信会社、さらにIT系企業、これらが競争や連携をしながら最終的には総合エネルギー市場が出現して、総合エネルギー企業がたくさん現れる。その下に、スマートメーター、HEMS、デマンドレスポンス、ビッグデータなどを活用した新ビジネスや、スマートハウス、蓄電池、電気自動車、通信などの様々な分野が連動した、新しい未来社会が切り開かれていくというイメージです。

テクノロジーの進化によって、「電力業界がアナログからデジタルに変わる」という時期と、今回の「電力自由化」のタイミングが重なったことにより、新しい市場やビジネスアイデア、技術革新が生まれる可能性があるということが今回の自由化において非常に重要なポイントです。

電気の次は、ガスの自由化がやってくる!

ここで、2017年4月の都市ガス小売りの全面自由化について少し説明しておきましょう。
このガス自由化により家庭や企業では、電力会社や電気料金プランを選べるようになるのに加えて、ガスについても会社やサービスを自由に選択できるようになります。

既にイギリス、フランス、イタリアなどヨーロッパの小売事業者は、電気とガスのセット販売を盛んに行っています。英国の調査機関が行ったアンケート調査によると、ガスと電力の両方を利用している消費者の約7割がセット販売を活用し、同じ会社から購入しています。

新しく電力事業に参入する事業者においては、都市ガスの自由化はビジネスチャンスの拡大と捉えることができます。セット販売により売り上げのアップが望めますし、顧客からの質問に答えるカスタマーセンターや請求書発送などの実務を、ガス事業でも活用することができるので業務の効率化も望めます。
消費者も、1枚の請求書で電気とガスの支払いが同時にできると嬉しいでしょう。ガスの小売自由化は、消費者と事業者の双方に多くのメリットをもたらすと期待されています。

電力自由化が後押しする日本企業のアジア市場進出

日本の中で育った総合エネルギー企業は、今後10年で2倍の市場規模になると期待されるアジアの国々に進出していくべきではないでしょうか。

日本という国は四季がはっきりしていて季節によって気温の変化が大きい。また国土が南北に長いので、北海道から沖縄まで気候や気温にも多様性があり、一日の中でも気温差が大きいのが特徴です。したがって、電力使用量にも地域や時期、時間によって大きな変化や差異があり、それに対応している日本の企業は、エネルギー供給システムだけでなく、断熱など家屋素材の質、家電にいたるまで非常にクオリティーが高いのです。

電力の需要と供給の差に対してバランスをとるのは、実は非常に難しい技術を必要とします。しかし日本には長年にわたって培われた技術やノウハウがたまっています。それらをITと結びつけることで、今後さらに環境とエネルギーと生活の連携を効率化、最適化していけるはずです。そしてその技術を磨くことによって、この分野における日本企業の技術をアジアのマーケットで、大いに活用できるのではないかと思います。

また、日本のエネルギー関連市場よりも他のアジア諸国のほうが新規開拓という意味では非常に大きな可能性を秘めていますので、日本の厳しいマーケットを勝ち抜いた総合エネルギー企業は、成長著しいアジアのマーケットに進出することで大きなシェアをとれるのではないかと思います。

ASEAN加盟各国では今、電力の多様化を目指して様々な取り組みを行っています。特に再生可能エネルギーの積極的な活用を進めているので、太陽光をはじめとするエコ発電システムや、空調・照明などの生産関連設備、燃料電池などの分野の日本企業の技術に注目が集まっています。

日本国内では人口減少や経済成長の鈍化などにより、電力需要が既にピークを過ぎているので、ともすれば「電力自由化は必要ないのでは」という議論が起こりがちです。
確かに国内マーケットだけ見るとそういう意見が出てきても不思議ではありませんが、自由化によって強い総合エネルギー企業が生まれて、これから伸びる国に進出していくことで、その国の産業の成長に貢献するとともに、日本経済に貢献することができる可能性を秘めています。

アジア市場を制するのは、ヨーロッパ企業か?日本企業か?

いずれヨーロッパの企業がアジアのマーケットに進出してくるでしょう。
もし日本の電力自由化がもう10年遅れていたら、日本企業はヨーロッパのエネルギー企業が多く参入した後のアジアのマーケットに遅れて乗り込んでいくということになっていたかもしれません。

しかし2016年に自由化されて、2020年頃までに強い総合エネルギー企業が出現し、その後何年かかけてアジアのマーケットに進出するという可能性を考えれば、今回の自由化は絶好のタイミングであり、後から振り返って見たときに、2016年4月が大きなターニングポイントになっていると思います。

日本の総合エネルギー企業がアジアのマーケットで存在感を示すということは、他の日系企業、例えば自動車メーカー、家電メーカーなども一緒にシェアを拡大できる可能性が高いということを意味します。
電力やガスなどのインフラ部分においてヨーロッパ企業が主導権を握った場合、他の分野でもヨーロッパ企業が有利に進めていくでしょうから、どこの国の総合エネルギー企業が優勢になるかによって、アジアのマーケットでの勢力図が変わってくるのではないでしょうか。

日本の総合エネルギー企業の海外進出

今回の電力自由化は、電力業界にこれまでにない多様性をもたらします。一般消費者のライフスタイルにも大きな変化をもたらします。
選択の自由を与えられた私たちの生活は、責任も増えますが、もっと便利で快適なものになるでしょう。また、企業にとっては、新たに開かれる市場が、ビジネスアイデアや技術革新の絶好の挑戦の場となります。ゆくゆくは日本企業の海外進出を一段と加速させるのではないでしょうか。

そうした大きな新しい時代の波にいかに対峙し、いかに上手く乗り、いかにリスクを乗り越えるか。それが私たちに与えられた重要な課題なのではないでしょうか。

(連載 了)

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